第1章 ・帰還
これがゾロとくいなの、本当の最期の別れであった。
覚悟を決めていた筈だった。
ゾロは、自分自分の中にあった強靭な何かが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちて行くのを感じた。
「……何が天国だ……何が成仏だ……何が神だ仏だ……そんなもん、ありゃしねえんだよ!!……バカか、おれは!!」
彼は、一時でも天国があると思った自分自身をそう言って罵倒し、心の中に次々に浮かんで来る言葉を、何度も何度も、その胸の中で呟き続けた。
(悪魔はいるが、神はいねえ)
(鬼はいるが、仏はいねえ)
(地獄はあるが、天国はねえ)
(おれは……おれは、何の為に……誰の為に強くなろうとしたんだ……何の為の、誰の為の約束だったんだよ……全部、おれの独り善がりじゃねえか……おれの、勝手な思いで……くいなは……)
その場に崩れ落ちる様に両膝を地面に付き、そのまま力なく座り込む。
『女の子は、世界一強くなれないって……』
そう嘆いていた彼女の姿が目に浮かぶ。
『おれに勝っといて、そんな泣き言言うなよ!!』
そう言って彼女を励ましたあの日の事を、ゾロは思い出す。
彼女にずっと勝てずにいた彼は、ある日、悔しさの余り真剣での勝負を挑んだが、敗北した。
だが、彼に勝った彼女の口から出た言葉は、男子として生まれたゾロを羨むものであった。
『女の子は男の子よりも強くなれない』
そう弱音を吐いた彼女に、当時まだ十歳だったゾロは、子供ながらに彼女を叱咤激励したのだ。
だが、彼の思いとは裏腹に、彼女は心底から納得していなかったのだ。
結果、彼女はゾロを羨み呪い続ける負の塊と化した。
彼はつい先程迄くいなの顔があった地面を、呆然と見詰めていた。
そして、両手に握っていた刀を力なく落とすと、何度も何度も、暗く冷たい床を右の拳で殴り続けた。
「……おれは、お前が生きてる時にお前に勝ちたかったんだ……こんなんじゃねえんだよ……おれが望んでたのは、こんな勝ち方じゃねえんだよ……!!!」
ゾロは、悔しさと悲しさを吐き出す様に、ポツリ、ポツリと独り言を呟き続ける。
「……そうだ……他人の気持なんて……死んだ奴の本当の気持ちなんて……判ってやりたくても……結局、誰も判りゃしねえんだ……誰も判るもんか……本当に判ってやる事なんて……誰も出来やしねえんだ……」