第10章 ・対極
「……さっきよ、あっちの廊下で、ナアマに会った……」
「……そうか、やはりな……」
「なんだ、知ってたのか……」
ゾロは、少々バツの悪そうな顔をしながら右手で頭を掻き毟った。
サマエルは一つ頷き、ゾロに言う。
「ゾロよ、そこのバルコニーで話さぬか……ここでは話たくても、少々落ち着かんからな」
ゾロは無言で頷き、サマエルと共にバルコニーへ向かった。
青白い月が、淡い光を放っている。
「心が読めるお前なら判ったと思うが……ナアマは、嘗ての死皇帝アポフィスに、好意を持っていたのだ」
「……ああ……すぐ判った……」
ゾロはそこ迄言うと、言葉の代わりに溜息を吐き、視線を落とす。
そんな彼に、サマエルは単刀直入に訊ねる。
「……ナアマに、誘惑でもされたか……」
ゾロは俯いたまま、無言で頷いた。
サマエルは、しっかりとした口調で、話を続ける。
「あのナアマの誘惑に耐えられるとは、やはりお前の精神力は、尋常ではないな……」
サマエルの言葉に、ゾロは苦笑しつつ夜空を見上げた。
青白い月の光が、優しくその顔を照らす。
「……まだ天界が平和だった頃の話だ……ナアマはアポフィスの住む闇の領域に迷い込んだ事があってな。その時に奴に会って、彼女は一目惚れしたそうだ」
バルコニーに、少し強い風が吹いた。
サマエルの声が、静かに響く。
「……だが、アポフィスは最期迄、ナアマを受け入れる事はなかった……」
サマエルは溜息を一つ吐き、月を仰いだ。
「冷たい死と闇を司る存在だった奴は、光溢れる暖かな愛を受け入れる事が、出来なかったのだ……」
聞いたゾロは、目を閉じる。
彼も同じ事を考えていたからだ。
元は一つとは言え、愛は光であり、闇とは対極にある事象。
剣士として、海賊として常に死と隣り合わせで生き、そして、生殺与奪の権利を与えられた死皇帝として、これからも生き続けなければならない。
血と死に塗れた道を、終わりなく歩み続けて行くのだ。
愛と言う光の道から、遥かに遠い道を。
(……そんなおれに、愛なんてものを受け入れる事は、出来ねえ……)
彼はそう思いつつ、サマエルの話を聞き続ける。