第10章 ・対極
ナアマは微笑みを湛えてそう告げると、振り返らずに歩き去る。
その背に揺れる金色の長い髪と甘い匂いは、廊下の先の闇に吸い込まれて行った。
廊下に残されたゾロは、暫くその闇を見詰めていた。
彼女の残り香が、消えて行く。
ゾロは、ゆっくりと息を吐いた。
胸の奥に、妙な違和感を覚えた。
それが何なのか、自分でも分からない。
戦いの後に残る疲労とも、静寂とも違う。
ただ、彼女の言葉が、心の底に残っていた。
(……愛する事も、強さ、か……)
小さく呟いたその言葉に、答えはない。
ゾロは無言のまま、剣の柄に手を添えた。
『強さとは、命懸けで剣を抜く覚悟だ』
ずっとそう思って戦い、生きて来た。
だがあの女魔の言葉が、何故か心に刺さったまま抜けない。
(そう言えば、ルシファーも変なこと言ってやがったな……一体、何だってんだよ……)
ゾロは、大きく深呼吸する。
「……ちっ……くだらねえ……」
そう小さく呟き、背を向ける。
ただ己の道を、迷わずに歩き続けるだけだ。
部屋の近く迄戻ると、ゾロはまた気配を感じた。
廊下の窓からの微風が、彼の短い緑色の髪を撫でる。
一呼吸置いてから、その気配の主に話し掛けた。
「……サマエルか。会議、終わったのか?」
その声に応じる様に、廊下の向こうから、大きな紅い蛇の魔王が姿を見せる。
彼は静かだが、威厳のある声で返す。
「流石……私だと、良く判ったな」
「……一度会った事のある奴の気配は、忘れねえ性分でね……ああ、そう言えば……」
ゾロは一瞬、ナアマと会った事を告げようかどうか、迷った。
だが偶然会っただけで、やましい事は何一つない。
また、廊下に微風が入り込む。
ゾロはふと、天窓から覗く月を見上げた。
ゾロの胸中を知らぬサマエルは、同じく月を見上げつつ、訊ねる。
「……お前、明日はトウキョウに行くそうだが?」
「ああ、行く予定だが……」
「お前も知っての通り、今はトウキョウは平和だが、その裏では『奴等』が少数だが暗躍している。幸い、お前の存在は奴等には知られていない。魔力は極力抑えて行動するのがいいだろう……トウキョウは騒がしくも面白い街だ……楽しんで来るといい」
「判った……色々ありがとうな」
礼を言いつつ視線をサマエルに向けると、少し声を抑えて、彼に言った。