第10章 ・対極
ゾロは独り、ふっ、と笑うと、グラスに注いだウイスキーを一気に煽った。
(……さて、と……)
ゾロは徐に立ち上がると、食器を片付ける。
何時もの様にその右腰に刀を三振り差すと、ワゴンを静かに押しつつ、部屋を出て行った。
真魔界にも、夜はやって来る。
ダアトは一日中明るいが、真魔界は夜七時を過ぎると、紫色の太陽が、ぼんやりと薄明るい青白い月に変わるのだ。
広い廊下の窓から、その青白い光が差し込んでいる。
他にも部屋があるらしく、幾つかドアが見える。
(……おれの他にも、誰か泊まってんのかな……)
そんな事を漠然と考えつつ、ゾロは静かに歩いて行った。
廊下を左に進むと、仄かに甘い香がその鼻先を擽った。
ゾロは、足を止める。
(この匂い……会議の時にも、同じ匂いがした様な……)
ゾロは目を伏せ、低い声で呟いた。
「……カディシュトゥ……だな」
声に応える様に、廊下の先で柔らかな笑みが浮かぶ。
月の光に淡く照らされた、ナアマが静かに立っていた。
長く美しい金色の髪を掻き上げる彼女は、何故か寂し気な表情をしている。
「……覚えてくれていたか。死皇帝……」
「……ああ……会議の時、リリスの後ろにいた事は覚えてるぜ。ナアマ、だったか……」
右手で軽く頭を掻くゾロの仕草に、ナアマは口元を押さえて微笑んだ。
歩み寄るたび、彼女の髪がふわりと揺れて、甘い香りが一層濃くなる。
「……名前も覚えてくれていたとは、光栄な事だ。ところで……これから、外出か?」
「いや、退屈だからよ……城の中を、ちょっと散歩しようと思っただけだ」
「そうか……この大魔王城は、なかなかに広く豪華……そなたも驚くと思うぞ」
ナアマの柔らかな声色が、ゾロの耳に届く。
だがその奥に、微かな誘惑の色を感じた。
(……やっぱり、こいつ……)
会議の時と同じ、いや、それ以上の感情。
彼女は顔には出さないが、ゾロに心を読まれぬ様に、冷静さを装っている。
だがしかし……その心の内に秘められた強い情欲は、否応なしに彼に届いていた。
ゾロは、思わず視線を逸らす。
そんな彼の横顔に、ナアマは思わず甘い溜息を一つ吐く。
その微かな息遣いを掻き消す様に、ゾロは少し強い口調で、彼女に訊いた。
「……サマエルはどうした」