第10章 ・対極
記憶が蘇ったと言っても、それはほんの僅かなもの。
もう殆ど消えてしまった記憶は、戻らないだろう。
ゾロの顔に、自然と笑みが浮かんだ。
(まあ、思い出せねえ過去の事を考えても仕方ねえ……これからも前を向いて進む……それだけだ)
気持ちを入れ替える様に溜息を吐き、肩の力を抜くと、彼はワイシャツとスラックスを脱ぎ捨て、逆立ち腕立て伏せを始めた。
筋トレは彼の日課だ。
しかも、半日も会議に出ていたのだ、体を動かしたくて仕方なかったのだろう。
一時間後。
軽い筋トレを終え、洗面室へ向かう。
バスルームも別世界だった。
アラバスタ宮殿の大浴場の様に広くはないが、それに劣らぬ程の豪華な内装に、ゾロは目を見張る。
白色の石材で造られた壁面、金の装飾が施されたバスタブに、湯気が立ち込める。
シャワーの温水がその逞しい首筋を流れ落ちる度に、張り詰めていた神経が少しずつ緩んで行った。
柔らかなバスタオルで体と髪を軽く拭きながら部屋へ戻ると、そのままベッドに体を横たえる。
ベッドの寝心地を確かめる為、肌掛け布団を胸迄掛け、両手を頭の後ろで組む。
高い天井には、複雑な幾何学模様が描かれていた。
柔らかだが、弾力性のあるマットレスと枕に、ゾロは苦笑する。
「……やっぱり、ちょっと着かねえな……」
そう言いながらも、瞼は少しずつ、重くなって行った。
暫く後……。
(……あ、おれ……寝てたのか……)
ゾロは、ふと目を覚ました。
壁に掛かっている時計を見ると、時刻を示す針は五時半を回っていた。
魔界にも日付や時間はある。
いや、あると言うより『目安にしている』と言った方がいいのかも知れない。
フォルネウスの話では、トウキョウが大好きなルシファーは何時からか、魔界をその日時に合わせたらしい。
そんな事をぼんやりと思い出しながら、目を擦る。
次に思い出したのは、ヒーホー君の言葉だった。
(……ああ、飯の時間か……)
ゾロは徐に身を起こすと、クローゼットに置いてあるボストンバッグに手を伸ばす。
そこからTシャツと下着、ズボンを取り出した。
それを見た彼は、一瞬恐怖を感じた。
(……あのウマオカ魔野郎……なんでおれがボクサーパンツ履いてんの、知ってるんだ……)