第9章 ・宿命
……さて、儀式は終わったが、兵士達の歓声は鳴り止まなかった。
その喧騒の中、明星のバルコニーに三つの影が姿を現す。
蝿の姿をした、ルシファーの右腕である魔王『ベルゼブブ』。
その手足に四色の宝玉を持ち、黄金の光を放つ『黄龍』。
そして、漆黒の体に長い尾と二対の翼を持つ竜……『セト』。
黄龍とセトは、遥か昔より死皇帝に仕えていた存在である。
ベルゼブブは死皇帝亡き後、サマエルと共に永きに渡り、彼の六万を超える軍を引き受け、面倒を見続けていたのだ。
この庭園に彼等を引き連れて来たのも、この蝿王とサマエルであった。
白く明るい明星のバルコニーに、爽やかな風が柔らかく吹く。
まだ魂だった頃に出会った、蠅の姿の魔王……ゾロは、その胸の奥に懐かしさを抱いていた。
「蝿王……お前とサマエルが死皇部隊の面倒を見てくれてたのか……長い事、悪かったな。本当にありがとう」
ゾロが深く頭を下げると、ベルゼブブは杖を掲げ、喜びを顕にする。
この男が居たからこそ、軍は滅びず、今もこうして存在しているのだ。
「何を申すか!お主が戻った、それだけで私は喜びよ。部下達も歓喜しておるではないか。青い星に行く間も鍛えておこうぞ……心置きなく旅立て!!」
「ああ。船長を海賊王に、おれは大剣豪になって……必ず戻る。それ迄、また頼む」
言葉にしながら、ゾロは胸の奥で小さく拳を握った。
約束を軽く口にする積もりはない。
彼等の忠義に応えるには、目標を達成し、誇りを持ってここに戻る……それだけだ。
だがその時、セトが項垂れ、小さな声で呟いた。
「……死皇帝、マタ人間の世界ニ……?オレ様、ズット待ッテタノニ……寂シイ……」
巨体を震わせるその姿に、ゾロの目が一瞬点になる。
思わず、隣にいるルシファーに小声で訊ねた。
「おい、こいつ……泣いてるぞ」
「ああ、彼の名はセト……蛇龍族だ。嘗て、アポフィスの乗り物であった者だよ」
「あぁ……?アポフィスの……乗り物!?こいつが!?」
ゾロは呆気に取られた。
どう見ても泣き虫の巨竜である。
これが嘗ての死皇帝の座騎だと言うのだ。
「おいおい……泣くなよ、おれはちょっとの間、留守にするだけだぜ」
彼は半ば呆れつつ、悲しみに暮れている漆黒の巨竜を慰める様に、そう言った。