第1章 ・帰還
彼は少年を睨み付けながらも、言われるがままに、ゆっくりと何度も深呼吸をする。
彼の心が落ち着くのを見計らい、少年は静かに話を続けた。
「……その者の魂は、所謂『地縛霊』と言う存在になり、暫く家に留まっていた。父親から仏前で、君の名が海賊として、また剣豪として世界中に轟いて行く様を知った……話を聞いて行くうちに彼女は君が疎ましくなり……その異常な程の嫉妬心は強烈な恨みに変わり、遂に彼女は怨霊となった……そして彼女は君に、少なからず悪影響を及ぼしている」
ゾロは、愕然とする他なかった。
彼は無神論者で、神の存在など信じず、神に祈った事などない男である。
が、しかし、亡くなった者を弔う心は持ち合わせていた。
死んでしまった彼女の為に、大剣豪になる事。
天国があるなら、そこに自分の名前が届く様に強くなる事。
それこそが彼女への弔いであり、約束を果たす事になる、と強く信じ続けていた。
だが、現実は違っていた。
親友だと思っていた者に一方的に恨まれ、憎まれていたのだ。
しかし、くいなの変わり果てた姿を目の当たりにした彼の心は、押し潰される寸前だった。
(……あの時の約束は……おれの、一人善がりだったのか……)
絶望するゾロに、更に追い打ちを掛ける様に、彼女の声が彼の頭の中に直接入り込んで行く。
(私は、生きたかったんだ……弱い癖に……お前ばかり……何故私がこんな目に……和同一文字……私の物……返せ……返せ……!!)
彼女の声とは思えない程恐ろしく、悍ましい声が彼の耳に届く。
途端、彼は酷い頭痛と悪寒に襲われた。
彼は、思わず右手で自分の頭を抱える。
しかし彼女は止めようともせず、執拗にブツブツと呪いの言葉を、繰り返し呟き続けた。
(こ、こいつ……おれを……殺す気だ……)
百戦錬磨のゾロは、本能で自分が殺されると判った。
それでも、彼は懸命に彼女に話し掛ける。
「……くいな……お前がそんな姿になっちまったのは……おれのせいなのか……?それなら謝る……だから、あの時の……元のお前に戻ってくれよ……」
嘆き悲しむ彼の声は、微かに掠れていた。
しかし、怨念の塊となった彼女に、その声は届かない。
それどころか、彼を呪う声と彼女自身である黒い塊はどんどん大きくなって行き、遂には狂気に満ちた叫び声を上げた。