第1章 ・帰還
ゾロは胡座を解くと、片膝を付きながら恐る恐る振り向いた。
視線の先に、不気味な黒い影の様な塊が宙に浮いている。
途端、彼は体中に異常な寒気と殺気を感じた。
同時にそれは、幼馴染であり親友でもあった『くいな』だと、はっきりと判った。
彼には、幼い頃からの目標があった。
それは『世界一の大剣豪になる』と言う目標である。
その前に、どうしても倒さなければならない相手がいた。
彼が、幼い頃に通っていた道場で一番の強さを誇っていた、くいなである。
くいなはゾロより一つ年上で、彼が道場で唯一、一度も勝てなかった相手であった。
しかし彼女は、不慮の事故で突然亡くなった。
彼はくいなの父に頼み、彼女の愛刀である刀・和同一文字を形見として譲り受け、彼女との約束である『世界一の大剣豪になる』と言う目標を、ずっと追い続けてけているのである。
そんなくいなが変わり果てた姿になり、ゾロの目の前に現れたのだ。
ゾロは黒い塊に向き直ると、眉間に皺を寄せつつ、それを覗き込む様に凝視する。
(や……やっぱり……あいつじゃねえか……!!な、なんであいつが……こんな姿に……?)
ゾロの中で、長い間眠っていた能力の一つが少し芽生えたのだろうか。
彼の目には、物体化した不気味な黒い塊に、くいなの面影が重なって見えているのだ。
彼は動揺し、一言も発する事が出来ない。
全身の身の毛が弥立つ程の不気味な黒い塊が、呼吸をする様に音もなく収縮を繰り返している。
少年は鋭い視線をゾロに向けたまま、静かに口を開いた。
「……このニンゲンの魂は、命を落としてから暫くの間、自分が死んだ事が信じられずにいたんだ。死後、父が自分より弱い君に、何故、和同一文字を譲ったのかも全く理解出来ずにね……」
だがゾロは、その話を素直に受け入れる事が出来なかった。
この黒い塊がくいなと感じた自分自身の直感をも、彼は否定する様に思わず声を荒げる。
「そ、そんな……そんなバカな事があってたまるかよ……!!こんな、こんなのが、あいつだなんてよ!!!」
動揺を隠せない彼に、少年は静かな口調で促す。
「ゾロ……一度深呼吸し給え……」