第8章 ・記憶
ゾロの話に耳を傾ける魔王族達は、息を飲むばかり。
その静寂の中、話は続く。
「……鷹の目は、奴に思いっ切り体当たりされてよ、手にしていた剣諸共吹っ飛ばされて、一瞬気を失ったんだ。奴は間髪入れずに鷹の目に斬り掛かって行った……おれは咄嗟に鷹の目の前に出て行って、そいつの剣先を弾き飛ばしたんだが……」
そこでゾロの表情が、一瞬険しくなった。
過去の話とは言え、彼に取ってはまだ少し、ほろ苦い思い出なのであろう。
彼は心を落ち着ける様に、またグラスの水を口に含んだ。
(……弱さを曝け出す事、それもまた強さ……)
鷹の目から教わった言葉をその胸の中で呟き、また前を見据えた。
「……そいつは体勢を立て直すのが速くてよ、透かさず斬り掛かって来やがった。おれは後退するのが一瞬遅くて……その隙を突かれて、左目をバッサリやられた……って訳だ。剣先だったのによ、このザマだ……」
そう言ってゾロは、自嘲する。
自分の剣の腕が、今よりも遥かに未熟だった頃の話。
彼が左眼の再生手術を受けなかったのは、己の未熟さを忘れぬ為でもあった。
『是非初心不可忘(まず初心を忘れるなかれ)
時々初心不可忘(時々初心を忘れるなかれ)
老後初心不可忘(老後も初心を忘れるなかれ)』
この言葉は、ゾロが幼少の頃に通っていた、一心道場師範である『霜月コウシロウ』が教えてくれた心得である。
彼はその教えを『初心忘れるべからず』と、心に刻み、生涯の指針とした。
己の腕に自信を持つ事と、自信過剰になる事は違う。
だがその違いを、過去の彼はまだ理解していなかった。
三年前、十八才のゾロは、大剣豪・鷹の目のミホークを追って大海原へと旅立った。
そしてルフィの仲間となり、暫く経ったある日、その鷹の目と運命の遭遇をする。
剣の腕は未熟であったにも関わらず、興奮のまま息巻くゾロは、ミホークに挑んだ。
だが、彼は一太刀も浴びせる事なく、あっけなく返り討ちに遭ってしまった。
『井の中の蛙』
イーストブルーで『海賊狩り』『野獣』と呼ばれた男が、世界中にその名を轟かせる男に、そう言われ、破れた。
あの瞬間……血が騒ぎ、己を見失い、コウシロウの教えを忘れていたのだ。
そして彼はその代償を、その胸に痛みと共に、深く刻み付ける事になったのである。