第8章 ・記憶
リリスの声が、ふと慎ましくなる。
ゾロは思わず首を傾げた。
「あ?詫び……?何の詫びだよ……」
初対面の相手に謝られる理由が思い当たらず、眉を顰める。
リリスは一礼し、少しだけ視線を落としてから説明を始めた。
「先日、二体のサキュバスに出会ったであろう?その者達は、私の部下の一員なのだ……シンジュク御苑の湖周辺には暫く行くな、と申しておったのだが……彼女達には厳重注意をしておいた。彼女等に代わって、無礼をお詫びする」
「あ?ああ……あいつ等の事かよ……いや、いいって。もう終わった事だ……それより、おれも衝撃波で思わず吹っ飛ばしちまったからよ……お前の部下だったのか。ちょっと、悪りぃ事したな……」
ゾロの脳裏に、あの時の記憶が蘇る。
サキュバスに体を触られた事、衝撃波で吹き飛ばした事……遠い過去の記憶を思い出すかの様な感覚を、彼は感じ、その肩を竦める。
しかしリリスは首を振り、柔らかく笑うだけである。
「いや……その後、お前は湖に沈んだ者を、しっかり助けてくれたそうではないか。私の指示を聞かなかった彼女達に問題があったのだ……お前は何も、悪くないぞ」
彼女の言葉は軽やかだが、誠意が含まれていた。
ゾロはそれを受け取り、安堵のような息を吐く。
その時リリスはふと、大魔王に向き直り、頭を微かに下げて言った。
「すまぬ、兄上……いや、閣下。時間を取らせてしまいましたな……」
「え……?あ、兄上だって?」
彼女の『兄上』と言う呼び方に、ゾロは思わず目を見張る。
「ルシファー……お前、あいつと兄妹なのか?」
「ああ、そうだよ……リリスは僕の妹なんだ」
ゾロは呆気に取られ、大魔王の顔を見るばかりである。
ルシファーの口元に、柔らかな笑みが浮かぶ。
そんな彼に、今度はサマエルが訊ねる。
「閣下、死皇帝に変異したゾロのデータ解析の結果は、まだ出てないのか?」
「いいや、もう出てるよ。皆揃ってから公表しようと思ってね……皆も大変お待たせしたね……死皇帝となったロロノア・ゾロのデータ解析の結果を、ここに公表しよう」
ルシファーの声に反応する様に、大広間に集まっている者達は、固唾を飲んだ。
カディシュトゥも着席し、大魔王を注視している。
大広間に若干の緊張が走る。