第8章 ・記憶
無骨で不器用な性格のゾロだが、その内には誰よりも真っ直ぐな誠実さがある。
彼は、裏切りと言う行為を、何よりも嫌っていた。
この件に関しては、自分の魂の片割れが願い出た事。
しかし理由がどうであれ、彼は負い目を感じていたのだ。
ゾロの真摯な気持ちが、その低い声に現れる。
それを咎める様に、リリスは静かに首を振った。
その瞳には、怒りも悲しみもなく、ただ深い慈しみが宿っている。
蛇の頭がゾロの視線の端でゆっくりと動き、過去を振り返る主に寄り添った。
「そんな事はない。我等が夫にして王サマエルと死皇帝は同じ蛇龍族……それ以上に、我が夫があの憎き四文字の奴に去勢されそうになった時、死皇帝は奴を止めてくれたのだ……その死皇帝の力を継承したお前の助力が出来る事は、誉れ高き事……」
彼女の優しい声色が、俯くゾロの耳に届く。
その声には誇りと、僅かな哀惜が混じっていた。
微かな誇張を含んだ礼賛。
ゾロは、そこでやっと顔を上げる事が出来た。
リリスは前を行くサマエルを見上げ、溜息めいた笑みを浮かべると、自らの体に巻き付く紅蛇の頭を優しく撫でる。
「……それに、ニンゲンと交わる事は、我等魔神に取っては珍しい事ではない。我等は長い間、少なからずニンゲンと関わって来た……故に、我等魔神とニンゲンとの間にも性愛は成立する。我等カディシュトゥも、ニンゲンの殿方と交わるのは珍しい事ではない……その事は我が王も承知……気にする事等、全くないぞ」
リリスは言い終わると、大理石の床に片膝を突いた。
彼女の目は穏やかに、しかし、しっかりとした眼差しで、ゾロを見据えた。
「死皇帝ロロノア・ゾロ……我等カディシュトゥ、お前の誕生と帰還を、心より歓迎致そう」
「……今のおれが存在するのは、サマエルと……承諾してくれたお前等のお陰だ……本当に、ありがとうな」
彼女の歓迎の言葉に、ゾロは少し戸惑いつつも、心からの礼を返した。
周囲の魔神達も、紅い大蛇の魔王とその妻達に、頭を下げている。
ゾロはその右手を、リリスに差し出した。
そして立ち上がる様に促すと、彼女は一瞬眉を上げ、照れにも似た微笑を浮かべて、その手を取る。
立ち上がると、二人の距離は自然と縮まった。
「勿体ない感謝の言葉……痛み入る……それから、話は変わるが……お前に一つ、詫びねばならん事がある」
