第7章 君に負けたくない
障害物競走、スタート地点――。
観客席から降り注ぐ歓声が、肌を刺すように熱くて。
並んだみんなの顔にも、それぞれ緊張と闘志が燃えている。
私もその列の中で、じっと前だけを見つめていた。
(ここから、すべてが始まるんだ)
体育祭の前に決めたこと。
「この競技が始まる瞬間、私は本当の自分に戻る」って。
今までのまま、黒髪で茶色い瞳のままでいたら、何も変えられないまま終わってしまう。
誰も知らない“本当の私”を隠したまま、ただの踏み台で終わるかもしれない。
(それだけは絶対、嫌だ)
心をぐっと決めて、そっと深呼吸する。
その瞬間、手のひらの空気がほんの少しだけ揺れたのを感じた。
誰にも気づかれないほどの小さな変化だけど、確かに自分を包んでいた個性のヴェールが、音もなく解けていく。
空気が澄むように軽くなって、
黒く染まっていた髪は、本来の色に戻り、
茶色だった瞳は、鋭くてまっすぐな光を宿した“本当の私”に還った。
隣にいた生徒がふとこちらを見て、「えっ……」と言いかけてすぐ口を閉じる。
その瞬間から、ざわりとしたざわめきが周りに広がっていった。
(全部、見せてやる)
遠くから実況の声が響く。
「さあさあ、注目の第1種目、障害物競走!スタートは正面ゲート前、距離およそ4キロ、何が飛び出すかはお楽しみィィィィ!!」
そして――
「位置についてー!」
(見てろ)
「よーい――」
(見つけろ)
「スタートッ!!」
一斉に大地を蹴る音。
私は、自分自身のままで、
このフィールドに、今――踏み出した。