第3章 ヒーローの初試練
カーテンの隙間から、やわらかい朝の光が差し込んでくる。
頬に落ちたそのぬくもりで、私はゆっくりと目を覚ました。
胸の奥に、まだ夢の余韻が残ってる。
あの夜の記憶——
お父さんとお母さんと、別れたあの日のこと。
冷たい闇の中で見た、ふたりの笑顔。
血に染まりながらも私を見つめて、「愛してる」って伝えてくれた言葉。
あの言葉が、今でも胸の奥で、何度も何度も響いてる。
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目を開けて、天井を見上げる。
ここはもう、福岡のおばあちゃんの家じゃない。
見慣れない天井。見慣れない空気。
ひとりで暮らし始めたこの部屋が、今の私の居場所なんだ。
でも——
胸の中にあいた穴は、まだ消えていない。
触れようとするたびに、ひゅっと痛む。
……それでも、今日という日は、来てしまった。
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私はベッドからそっと体を起こし、窓の外を見つめる。
晴れた空が広がっていて、風がカーテンを揺らしていた。
きれいだな、って思う。
でも、世界がこんなにも静かで、穏やかであることが、
ときどき、すこしだけ残酷に感じる。
『大丈夫。私は……強くなる』
心の中で、ゆっくりつぶやく。
それは願いじゃなくて、決意みたいなものだった。
視線をテーブルに向けると、写真立てが目に入った。
お父さんとお母さん——
ふたりが並んで笑っている、私の宝物。
私は立ち上がって、写真に近づく。
そっと指先を伸ばして、ガラス越しにふたりに触れた。
『……行ってきます。お父さん、お母さん』
小さな声でそう言ったら、指がほんの少しだけ震えた。
でも、それでも言いたかった。
『見守っててね。ちゃんとがんばるから』
⸻
私は深呼吸して、鏡の前に立った。
映っているのは、長い銀髪と淡い色の瞳をした、私の“本当”の姿。
でも、このままだと目立ちすぎる。
だから、私は手をかざして、力を使う。
光がゆっくり広がって、髪と瞳の色が変わっていく。
馴染んでいく。
“普通”になっていく。
鏡の中の私は、平凡な見た目に変わったけど、
心の奥には、消えないものがちゃんと残ってる。
『——さあ、行こう』
私は静かにそう呟いて、今日という一日に向かって歩き出した。