第6章 また明日
彼の瞳は、まっすぐで、ひどく真剣だった。
「……あの事故のキスのこと、忘れたわけじゃねぇよな?」
静かだけど、逃げ場のない言葉。
私はほんの少しだけ息を吸って、ゆっくりと口を開いた。
『……あれは、私の“初めて”のキスだった』
口にした瞬間、胸の奥がじんわり熱くなる。
……ずっと、言えなかった。
けど、今なら言える気がした。
「……そっか」
爆豪くんは、ふっと小さく息を吐いた。
安心したような、でもどこか痛むような、そんな声だった。
そして、間を置かずに、今度は低い声で問うてきた。
「……で、オマエ。轟のこと、どう思ってんだよ」
その目は真っ直ぐで、でもどこか不安を隠しているようで。
私は思わず視線をそらし、胸の中を探るように、言葉を探した。
『……まだ“好き”とかは、ちゃんと考えたことない。』
『私には……恋愛より、もっと優先しなきゃいけないことがあるから』
強く言ったつもりだったのに、声は少しだけ震えていた。
でも、それが私の今の本音だった。
彼はその言葉を聞いて、ほんの一瞬だけ表情を曇らせる。
けれどすぐに、肩をすくめて笑った。
「……そっか。好きじゃねぇなら、それでいい」
そう言いながらも、彼の瞳にほんの少しだけ光が戻っていた。
だけど次の瞬間――
「……でもな」
いたずらを企むような目で、ふっと笑った爆豪くんが、ぐっと私の手を取り直した。
「……あれが初めてのキスだったってのは、どうしても納得いかねぇんだよ」
低くて、甘くて、ちょっとだけ強引で。
そのまま、ぐいっと顔を近づけてくる。
胸の奥が、ぎゅっと跳ねた。
「……だから」
「――もう一回、やり直しさせろよ」
その言葉が唇に落ちる直前、私は息を呑んで、目を閉じた。
熱を帯びた空気の中、ふたりの距離が――
また、音もなく、ふれあった。