第6章 また明日
「……それに、俺……」
その声は、紅茶が冷めかけた空間にぽつりと落ちて、私の心に小さな波紋を作った。
横顔の彼は、少しだけ迷っているようで、でも――
どこか火照ったような、ほんのり熱を帯びた目をしていた。
「この前、お前に……キス、しただろ」
その一言で、胸の奥がちくりと疼いた。
あの、ふいに触れたくちびる。ちゃんと、覚えてる。
けど今――彼の瞳にあるのは、あの時の“戸惑い”じゃない。
もっと確かな、何か。
「……たぶん、あの時も。今も。俺、自分の気持ちに名前がつけられないんだ」
彼は、そう言って私を見た。
まっすぐに。
迷いも不安もなくて、そこにあるのは――ひとつの問い。
「でも……確かめてみたい」
『……なにを、』
私がそう聞くと、彼は静かに立ち上がり、テーブルを回り込んできた。
そして、私の隣に腰を下ろす。ほんの数センチ。
距離なんて、意味を持たなくなるほどの近さ。
「この…気持ちがなんなのか」
その言葉と同時に、彼の指先が、そっと私の頬に触れた。
あたたかい――でも、かすかに震えてる。
それが、彼の本気なんだって思ったら、胸がぎゅっとなった。
「……確かめても、いいか?」
その低くてやわらかな声に、私は何も言えなくて。
ただ、小さく、うなずく。
そして――彼の唇が、そっと、私の唇に触れた。
深くも、激しくもない。
ただ、心にそっと触れるような、静かなキス。
だけど、一度触れた唇は、すぐに離れず。
もう一度、そっと重なる。
それがまるで、言葉の代わりみたいで――
息を吸ったとき、胸がきゅっと鳴った。
こんなに静かなのに、世界中の音が消えてしまったみたいだった。
彼の気持ちが、波のように押し寄せてくる。
ゆっくりと、確かめるように。
「……わかんないけど、たぶん……」
キスの合間に、彼が囁くみたいに言った。
「俺、お前に……惹かれてる」
その瞬間。
言葉が胸に届いて、深く染み込んでいく。
温かくて、優しくて――でも確かに、私の心を震わせる音だった。
『……轟くん……』
小さな声でそう呼んだら、彼は、すこし照れたように、でも誇らしげに微笑んでいた。
その顔が、どうしようもなく愛しくて。
思わず、私も笑った。
この感情にはまだ、名前がないかもしれない。
でも――
たしかに今、ここにある。