第6章 また明日
「……そういえば」
紅茶を一口飲んだあと、轟くんがぽつりと口を開いた。
「昨日……お前が倒れたあと、クラス、すごくざわついてた」
私は、そっと視線を落とした。
『……そう、なんだ』
胸の奥に、ぽちゃんと小さな波紋が広がる。
それが、何の感情なのかはうまく言えなかったけど――
ただ、わかる。彼のその目が、嘘じゃないってことだけは。
あの夜、風の中で必死に先生を抱えて飛んだこと。
目の前で命が途切れそうになる恐怖。
そして、自分の力を差し出すことに迷わなかったあの瞬間。
……誰かのために動けたあの選択に、私は一片の後悔もない。
でも――
こうして彼の言葉を受け取って、胸の奥がざわついたのもまた、本当だった。
『……ねぇ、轟くん』
私はゆっくり顔を上げる。
彼の瞳は、ちゃんと、私を見ていた。
『……あの日、私、すごく怖かったんだ』
風の中で、傷だらけの相澤先生の体温を抱えて、
脳無の咆哮と、逃げ場のない恐怖と――
自分の身体が少しずつ削られていく感覚に、ほんとは何度も足がすくみそうになった。
『だけど……先生の命を、この手で繋げたって思った瞬間、全部が報われた気がしたの』
ふわりと、ティーカップの中で紅茶が揺れる。
きっと声が震えてる。少しだけ、涙も滲んでる。
『……それでも、やっぱり誰かの心をざわつかせてたのなら……ごめんね』
そう言った瞬間、ふいに。
「謝るなよ」
彼の声が、すぐそばで響いた。