第6章 また明日
想花side
薄く重たい瞼をゆっくりと持ち上げると、視界に映ったのは見慣れた白い天井だった。
『……ここ……保健室……?』
かすれた声が喉の奥で震えた。身体を動かそうとすると、じんわりとした倦怠感が全身を包んでいた。指先さえ重い。まるで、自分の身体じゃないみたいだった。
『……私……なにが……』
霞がかった記憶を辿っていくうちに、脳裏にあの黒い怪物――脳無の姿と、崩れ落ちた相澤先生の姿が浮かぶ。
『っ……先生……!!』
ガバッと起き上がろうとした瞬間、慌てて駆け寄る足音が響いた。
「起きるな。まだ体力が戻っていない」
その声に、私は目を見開いた。
『……先生……?』
カーテンがわずかに揺れ、現れたのは包帯を巻いたままの相澤先生。痛々しい姿のまま、無言でこちらを見下ろしていた。
けれどその瞳は、どこか安心したような、そして少しだけ――優しい色をしていた。
「……目が覚めて、よかった」
ぽつりと、呟くような言葉だった。
『先生……よかった……無事で……』
気が緩んだのか、涙がつっと頬を伝う。先生はそれを見ても、何も言わず、ただ私の頭にそっと手を置いた。
「お前の個性……あれだけ使って、倒れて当然だ」
『……でも……先生が……』
「無茶だ」
短く、しかし静かに言われて、私は言葉を失った。
怒ってるわけじゃない。呆れてるわけでもない。
ただ――心配してる。そう、わかった。
「他の生徒たちはもう家に戻した。騒がしくなるからな」
『……みんな……無事?』
「あぁ。お前が時間を稼いでくれたおかげで、オールマイトと教師陣がなんとか収めた。お前の戦果は……大きかった」
その言葉を聞いて、ようやく胸が落ち着いた。
でも、同時に――ひとつだけ、胸にひっかかる。
『……私……ちゃんと、ヒーローになれてましたか』
その問いに、相澤先生はふっと目を細めた。
「お前はもう、とっくになってるよ」
まっすぐに、そう言ってくれた。
心臓が、どくん、と鳴った。
はじめて、自分のしたことが、誰かにちゃんと届いた気がした。
はじめて、“私”という存在が、ヒーローに触れた気がした。
先生の手は、そっと、私の髪を撫でたまま動かない。
そのやわらかい温もりに、私は瞼を閉じた。