第6章 また明日
ぼろぼろで、
静かで、
でもどこか、穏やかだった。
(……バカが)
右手が、かろうじて動いた。
震える指先で、彼女の身体をそっと支えるように抱きかかえる。
「目を覚ましてくれよ……」
そんな言葉は、声にならなかった。
彼女はまだ目を開けない。
燃え尽きた蝋燭のように、何ひとつ主張せず、ただ黙ってそこにいる。
その姿が、胸を引き裂くほどに痛かった。
(……俺は、何をやってた)
守るべき存在に、命を預けさせて。
教師なのに、生徒に守られて。
その手の中で、生き永らえている。
「先生!! 目、覚めて!」
「星野が……ほんとに、あの子が、あなたを!」
生徒たちの声が遠くから届く。
そのひとつひとつが、胸の内で、重くのしかかる。
(これ以上……何を背負わせるつもりだ)
俺はようやく、口を開いた。
「……彼女を……保健室へ」
視界の端で、数人の生徒が慌てて動き出すのが見える。
「頭を打ってるかもしれない。首元、気をつけろ。急げ」
言葉を絞り出しながら、自分の身体を起こした。
右腕はもう使えない。だが、それでいい。
ここで横になり続けることのほうが、何倍も苦しかった。
(俺が救われた命なら……今度は、俺が繋ぎ返す番だ)
彼女が差し出した勇気と優しさを、
無駄にはできない。
ぐらつく足元を支えながら、
その場に、立ち上がった。
彼女の重みが、腕の中からそっと離れていく。
その感覚が、なぜか胸を締めつけた。
けれど今は、立たねばならない。
教師として。
……いや、それ以上の何かとして。
「……ありがとう、星野」
誰にも聞かれないように、ただ唇の奥で呟いたその言葉は、
きっと俺の中で、一生消えない。
背後に残していくのは、無垢な決意の残響。
あの子が守った命を胸に――
俺は、再び戦場へと歩き出した。