第24章 想いを、繋ぐために
数歩だけ、前に出て――私は、ふと振り返った。
乾いた空気のなかに、ふたりの姿がある。
血と煙と、いくつもの絶望を越えてきた背中だった。
『……スピナー、コンプレス』
その名を呼ぶ声は、まるで祈りのように静かだった。
小さくて、でも決して届かないことのない距離で。
ふたりが、わずかに目を上げる。
私は――微笑んだ。
『……トゥワイスはちゃんと、生きてるよ』
あたたかく、そしてほんの少しだけ、寂しさを滲ませて。
「……は?」
「何を、言って……?」
一瞬、空気が止まる。
困惑が、まるで地面のひび割れのように静かに広がっていく。
そのときだった。
「けほっ……けほっ……」
咳き込む音が、遠くで転がるように聞こえた。
乾いた、かすれた、でも確かに“生”のある音。
ふたりが揃って顔を向ける。
そして――その目が、見開かれる。
横たわる身体がかすかに揺れた。
小さな呼吸が、胸元を、上下させていた。
まるで――
もういちど、この世界に戻ってくるように。
トゥワイスだった。
彼は、ちゃんと生きている。
その事実が、ゆっくりと波のように押し寄せてくる。
スピナーの肩が震える。
コンプレスが、顔を覆うように口元を押さえた。
ふたりの視線が、揃って私に戻ってくる。
驚愕と、問いと、揺らぐ感情と。
何も言葉にならないままに、ただ――私を見つめた。
私は、静かに頷いた。
『……でも、ごめんね』
小さな言葉が、胸の奥で鈍く響く。
『ホークスが彼をああした理由も……私は分かってるの』
痛みと優しさを、同じ手で抱えていた彼。
血に濡れた手の、その奥にあった真実。
『だから……彼は、個性はもう使えない』
『使えないように、“願った”から……』
ほんの一瞬、声が揺れた。
けれど私は、逸らさなかった。
『……ごめんね』
心からの謝罪だった。
後悔でも、自己満足でもない。
ただ、どうしても伝えたかったのだ。
彼を守るために選んだこの手段が、
いつか誰かを傷つけると分かっていても――
それでも。
掌には、かすかな温もりが残っていた。
まるで“祈ったあと”の手のように、確かに。
そしてその手には、
まだ燃え尽きていない、“願い”の残火が宿っていた。