第24章 想いを、繋ぐために
想花side
私の手の中にあるのは、冷たい鉄だった。
細いナイフ。トガのものか、それとも誰かの落とした何かか。
そんなことはどうでもよくて。
ただこの刃が、
“私自身”をこの檻から救い出す、唯一の鍵だと──そう、確かにわかった。
ヴォイドの気配が背後で揺れた。
警戒している。
当然だ。私がこのナイフを、彼に向けると思っているのだろう。
でもちがう。
私は、あなたなんかを斬りたくてこれを持ったわけじゃない。
私を、取り戻すため。
胸の奥で何かが弾けた。
叫びたいのに、喉が震えてくれない。
なら──身体に、刻むしかない。
私は、息を吸った。
そして──
刃を、腹部へと思いきり突き立てた。
鈍い音。焼けつくような痛み。
口から空気が抜けて、意識が遠のきかける。
けれどそれでも、私は──笑っていた。
血が流れていく。
自分の中に縛り付けられていた“何か”が、同時に溶けていく。
もう……大丈夫。
もう、誰の命令にも、支配にも、従わない。
「──なッ……!」
ヴォイドの声が、低く響いた。
驚き、というより──狼狽。
彼の視線が、私の刺した箇所と、私の目とを、何度も往復していた。
“なぜ、俺を刺さなかった”という顔をしていた。
私は応えなかった。
言葉より先に、血が喉まで上がってきたから。
「なにを……やってるんだ……!」
今度はコンプレスが駆け寄ってきた。
渡り廊下を破るような勢いで、私に手を伸ばす。
「おい……やめろ、血が……!」
腹の傷を抑えようとする手を、私はそっと押し返した。
まだ足元はふらつく。
でも、さっきまでの“空白”とは違う。
私は──ちゃんと、私だ。
私は、苦しさを押し殺しながらも、微かに笑った。
『……やっと、これで……動ける』
『もう、貴方に私は……操れない』
そう言った瞬間、風が吹いた。
崩れた屋敷の隙間から差し込む光が、まるで私の背に羽を描いたようだった。