第23章 空白の檻
小さなモニターが、心電図のように波を打っていた。
かすかに上下する青い線。それは彼女の精神活動を可視化した、ただの信号だった。
「……抗っています。内部から、断続的に」
低く、ヴォイドが報告する。
彼の目は、画面越しの少女の瞳に吸い寄せられるように動いていた。
スケプティックは無言でキーボードを叩いていたが、数秒後、ふと口を開いた。
「数値を」
その声は、命令というより確認。余裕のある冷たさだった。
「精神負荷の抵抗率は……2.2%。制御率97.8%を維持しています」
ヴォイドは指先でパネルをなぞり、統計データをスケプティックの端末に送信する。
「断片的な反応はあるものの、意志の輪郭は形成されていません。“想願”の影響も、拡がっていません」
「よろしい」
スケプティックは一度眼鏡を持ち上げてから、端末の画面を眺めた。
「97%以上が“こちらの色”に染まっていれば、問題ない。あとの3%は“揺らぎ”──誤差であり、想願の特性上、排除はできない」
画面の中の彼女は、虚ろな目で一点を見つめていた。
それは「何かを見ているように装った」目。
スケプティックは、それを**『記録すべき挙動』**として淡々と分類していく。
「何を“想って”いようと、何を“願って”いようと──それが外に出力されなければ無意味だ。“器”は既に閉じている」
打鍵の音がカタカタと続く。
ヴォイドはその横で、もう一度だけ彼女を見た。
その瞳が、ふいに──一瞬だけ、自分の目を“見返した”気がした。
「……失礼します。スケプティック様」
ヴォイドは目を伏せるように報告する。
「さきほど、コンマ数秒の間だけ、こちらを“彼女自身”の意識で見たような錯覚がありました。ログ上の変動も、誤差とはいえ一瞬だけ──」
「ほう」
スケプティックは止まっていた指を再び動かし、データをさっと走査する。
「……気のせいだな。数値に表れない直感は、オカルトに過ぎない。感情ではなく、数式で判断しろ」
「……は。失礼いたしました」
短い沈黙。
けれどヴォイドの目だけは、目の前の少女を見つめたままだった。
あの瞳。
そこに“誰もいない”と分かっていても、確かに一瞬──
生きていた“想花”が見えた気がした。
(……気のせい、か)
それでも。
ヴォイドの胸の奥で、ほんの微かなノイズが鳴っていた。
