第23章 空白の檻
スケプティック・ヴォイドside
カタカタと鳴るキーボードの音だけが、静かな部屋に響いていた。
黒く塗られた壁。
むき出しのケーブルと、冷たい光を放つモニター群。
その中央に、感情のない瞳をたたえた少女が、無言で座っている。
「……これは、想像以上だな」
スケプティックが、笑った。
眼鏡の奥、その目は興奮と分析の色に染まっている。
「“想願”。
感情と意思が力の源──ただそれだけではない。
彼女の“在り方”そのものが、他者の存在で形を得て、拡張する……」
指が止まる。
画面に映る彼女の脳波が、ゆっくりと振れ幅を変えていた。
「見ろ、ヴォイド」
「……はい」
「これ、面白くないか?
この反応は“誰か”を強く想った時のものだ。
本来なら自我が崩れているはずなのに……
逆だ。中心に“何か”がある。自分を保つ、核だ。……それが暴れてる」
ヴォイドは、そっと想花の横顔を見やった。
静かに、閉じきれない唇が、ほんのわずかに動いた。
音にならない名前のように、誰かを呼ぶように。
それは、涙ではなかった。
怒りでも、悲しみでもなかった。
ただ、ただ。
その瞳の奥で──まだ“彼女”が、必死に立っている。
ヴォイドの喉が、ごくりと鳴った。
「……抵抗が……強くなってきています」
「ふうん」
「制御が甘いかと思いましたが…違う。これは……
──壊されることを、諦めてない目だ。
まだ、自分の意志でここにいようとしてる」
スケプティックの指が、静かに止まった。
ふとした間が落ちる。
「……なるほど」
そして、わずかに口元を歪めて笑った。
「それは……非常に興味深いね。
願いがある限り、抗うのか。
ならば、“絶望すらも願わせる”だけだ。
希望を、祈りを、“私たちの都合の良いかたち”にね」
そう言ってスケプティックは、背後の装置に手をかけた。
意志の炎ごと、矯正するかのように──
だがそのとき。
ふと、想花のまつげがふるえ、声なき声がその唇から落ちた。
『……──』
ヴォイドは息を呑む。
その名は、ただの音ではなかった。
彼女の意志そのものだった。
その名を想い、呼ぶだけで。
彼女の中に、ほんの一筋の光が戻ってきてしまう。
「……まずい……」
気づいた時には、ヴォイドの額に、冷たい汗が一筋、流れていた。