第22章 繋がる鎖、壊れる仮面
「……もう、隠す必要はないだろう?」
乾いた音とともに、キーボードを叩いていた指が止まる。
モニターに視線を向けたまま、スケプティックが言葉を落とした。
「今日からは、“元の姿”で過ごしてもらう。
お前の仮面、もう必要ないからな」
その声音に感情は乏しい。けれど、その言葉の奥底には、ぞっとするほどの熱があった。
──観察者の、飽くなき探究と愉悦の炎。
反応することも、反抗することもできない。
少女はただその場に立ち尽くしていた。自分の意思ではなく、ヴォイドの個性によって“沈黙”させられたまま──。
その姿が、微かに揺らいだ。
まるで幕が下ろされるように、仮の容姿が薄れていく。
黒髪が、銀に。茶の瞳が、澄んだ碧へと染まり──
そこに現れたのは、“本来の彼女”だった。
その様を、スケプティックは恍惚とした目で眺めていた。
「……実に美しい。感情が力になる、か。皮肉なもんだね。
だったら、その力が誰のために使われるのか……僕たちで決めるだけさ」
彼はふっと、肩をすくめるように笑うと──ヴォイドへと視線を向けた。
「君には、もう一つ仕事がある。
“決戦の日”が来るまで、彼女の制御を絶対に解かせるな。
どんな手段を使っても、だ。……いいね?」
「了解」
ヴォイドは短く答えた。
その声に迷いはない。ただ淡々と、命令を受け入れる兵士のそれだった。
スケプティックは満足そうに頷くと、再びモニターの前へと戻った。
指先がカタカタと踊る音が響き始める。
「さて……今夜は忙しくなるな。
“想願”をどう動かすか……計画を練り直す必要がある。
ホークスがどう動くか、公安はどこまで把握しているのか……ふふ……たまらない……」
モニターに照らされた彼の顔は、狂信と歓喜に歪んでいた。
そんな彼を背に──
銀髪の少女と、その横に立つ漆黒の影は、ただ静かに、黙って立ち尽くしていた。
何も言わず、何も問わず。
けれどそこにあったのは、“沈黙”などではなかった。
冷たい檻の中に囚われた、もう一人の彼女の叫びが、誰にも届かないまま、深く深く、凍りついていた。