第21章 君に贈る、ひとときの奇跡
彼女のぬくもりを腕の中に感じながら、俺はそっと腕に巻いた時計を見る。
冷たい金属の感触と、動く針の音が静寂に溶けていく。
その針は、もうすぐ彼女が戻らなければならない時間を告げていた。
本当は決まった時間なんてない。ただ、買い出しという名目で、彼女がこっそり抜け出していること。
そろそろ戻らないと、誰かに怪しまれてしまう──そんなことを、俺の腕時計は知らせていた。
言葉はなくとも、そっと俺の指先が時計を差し示す。
彼女はその意味をすぐに理解し、小さく息を吐いてから、静かに頷いた。
互いの瞳が深く絡み合う。
この一瞬のすべてを、胸の奥に刻み込もうとするかのように。
どんな言葉も必要なかった。
ただ確かな“存在”を、確かめ合うだけで十分だった。
彼女がゆっくりと身体を離し、あの場所へ戻る準備を始める。
背中越しに交わす視線が、言葉にならない約束を伝えていた。
「また、あの立場に戻るんだ」──敵の中で幹部として、“カゼヨミ”として。
そして、潜入中の俺と。
俺は深く息を吸い込み、心の中でそっと繰り返す。
(必ずお前を、この場所に戻してやる──)
彼女の姿がゆっくりと闇の中へ消えていく、そのほんの少し前。
突然、彼女の唇が小さく動いたのが見えた。
"だ い す き "
声にはできないその言葉が、光のように、俺の胸にまっすぐに届く。
彼女の温かな笑顔が、夜の冷たさを一瞬で溶かした。
それは、最高のクリスマスプレゼントだった。
言葉を交わさなくても、すべてが伝わっていた。
俺の心の中は熱く、切なく、そして溢れるほどの幸福感で満たされていた。
(……はっ…ほんと、可愛すぎるやろ…)
腕時計の針の音が、遠くでかすかに聞こえる。
けれど、その時の俺にとっては、世界で一番あたたかい音だった。