第21章 君に贈る、ひとときの奇跡
想花side
私はまだ、みんなと別れたあとの静かな余韻に包まれながら、ひとりで校門へと歩いていた。
わいわいとした時間の名残が、まだ胸の奥にふわふわと残っていて、足取りはどこか名残惜しそうに遅い。
冷たい夜風がそっと頬を撫でるたびに、
さっきまでの温かさが少しずつ遠のいていくようで、
胸の奥に沈んだままの寂しさと不安が、じわりと顔を出した。
――もう、大丈夫。
そう何度も言い聞かせてきたのに、
心のどこかが、まだ置き去りのままだった。
そんなときだった。
校門のあたりで、ふと視線を感じる。
顔を上げると、夜の静けさの中に、懐かしい影がひとつ——
彼が、そこにいた。
闇に溶け込むように、だけど迷わずに立っていたその人は、
何度も夢に見た、何度も名前を呼びたくなった、
誰よりも遠くて、誰よりも恋しかった人——啓悟だった。
息が止まりそうになる。
鼓動が跳ねて、声になりかけたその瞬間。
ふわりと伸びた彼の羽根が、そっと私の口元をやさしく塞いだ。
——「シーッ」
音もなく笑って、彼は指で自分の翼を指す。
盗聴器がある。話せない。
ただそれだけを伝えるしぐさなのに、
その瞳は、何度も私のことを呼んでいた。
そして彼は、微笑んだまま、静かに両腕を広げる。
「おいで」
言葉なんてなかったけど、そう聞こえた気がした。
ぐしゃりと、胸の奥が潰れる。
張りつめていたものが、限界まで膨らんで、ついに涙になりそうで。
それでも、私は一歩を踏み出した。
この胸に飛び込んでしまえば、
もう戻れないかもしれない。
また傷つくかもしれない。
でも——
それでも、触れたかった。
言葉も、音も交わさないまま、
私はそっと、彼の胸に身を預けた。
長い間抱えていた孤独も、不安も、張り裂けそうな寂しさも、
彼の温もりに触れた瞬間、すべてが静かに溶けていった。
彼もまた、私を強く抱きしめてくれた。
翼の影に包まれるように、誰にも届かない静寂の中で。
二人の鼓動が、冷たい夜を温める。
音のない世界で交わされた、たったひとつの確かな想い。
——言葉なんて、もういらなかった。
触れ合う温度がすべてを語っていた。