第21章 君に贈る、ひとときの奇跡
私は深く息を吸い込んで、みんなの顔を、もう一度だけ見つめた。
その胸に刻み込むように。絶対に、忘れないように。
『……そろそろ、行くね』
ぽつりとそう言って、一歩だけ後ろへ下がる。
でも、その瞬間だった。
「…想花、無理しないでよ!」
「気をつけてね!」
「またすぐ帰ってこいよ!」
あちこちから、声が飛んできた。
その全部が、温かくて、まっすぐで、
心の奥がぎゅっとなるくらい、優しかった。
「想花お姉ちゃん……っ!」
壊理ちゃんの小さな声が聞こえて、振り返ると、
いつの間にか駆け寄ってきていたその姿があって。
私はしゃがみ込んで、ぎゅっとその体を抱きしめた。
『大丈夫、壊理ちゃん。……約束するよ。絶対、また戻ってくるから』
「うん……ぜったい、ぜったいだよ……!」
小さな手が私のコートの背中をぎゅうっと掴んでいた。
そっとその手をほどいて、立ち上がる。
玄関まで歩いていく足取りは、思ったよりも軽かった。
みんなの声が、ぬくもりが、ちゃんと私の背中を押してくれていたから。
ドアノブに手をかけて──
でも、その前にもう一度だけ、振り返った。
みんながそこにいた。
あの場所に立って、私を見つめていてくれた。
私は、笑った。
『──みんなのこと、大好きだよ』
その言葉に、誰かが涙をこらえるように顔を伏せた。
誰かが小さく笑った。
誰かが「またな」と、唇を動かした。
静かに、ドアが閉まる音がした。
──また、会おう。
そう願って、笑ってみせたけれど。
扉を背にした瞬間、ふ、と力が抜けた。
張っていた気持ちがほどけて、胸の奥から、何かがあふれてきた。
ぽろり、と落ちた涙。
声も出さず、ただ静かにこぼれていく。
でも、私は拭わなかった。
そのままでいいと思った。
これは、前に進むための涙だって──ちゃんと、わかってるから。
一度だけ、深く息を吸って──私は顔を上げた。
広がるのは、静かな夜空。
星が瞬く、そのひとつひとつが、誰かの願いのように見えて。
見上げながら、私はそっと思う。
この暗闇の先に、光を届けたい。
守りたいものがあるから、私はまだ歩ける。
足元から、未来が続いている。
私は──夜の中へ、静かに歩き出した。