第20章 仮面と素顔
公安とのやりとりが終わって、俺はひとり、スマホを握ったまま立ち尽くしていた。
画面はとっくに暗くなってるのに、なぜか手が離せなかった。
「……連絡が取れない、もうひとりの潜入者」
嫌でも思考が、そこに辿り着く。
考えたくない。けど、考えずにはいられない。
その“もうひとり”に、浮かんでしまった名前が――想花だった。
「……相澤先生」
ふと、頭に浮かんだ。
あの人なら、何か知ってるかもしれない。……というか、知っていてほしい。
迷ってる時間はなかった。
俺は、発信ボタンを押した。
一度、二度、三度――
数コールのあと、低くて、聞き慣れた声が返ってくる。
「……ホークス?なんだ、急に」
「……相澤先生、想花……まだ雄英にいますか?」
なるべく冷静に、と意識して口にしたけど、喉が少し乾いてた。
指先は汗ばみ、胸の奥はざわついてる。
「……いない。学校にも、寮にも」
「……っ」
胸の内で、何かが明確に音を立てて崩れた気がした。
「じゃあ、今どこにいるんですか?……あいつ」
……沈黙。
その間にすら、心臓が一回、痛んだ。
そして――予想もしなかった言葉が飛んでくる。
「お前の方が知ってるんじゃないのか? 公安所属だろ、お前は」
「……!」
図星だった。刺さるような一言に、何も言い返せなかった。
「あいつがいなくなって、雄英には“休学届”が公安から届いた。
だが俺には、何の説明もなかった。担任で、保護者代わりの俺にもな」
「……そんなの、俺も初耳です」
本当に聞いてない。なのに、なんで“決定事項”として進められてるんだ。
「お前も、あの子も……何を背負わされてる?」
「…………」
何も言えなかった。
全部が詰まって、言葉が出てこなかった。
「……彼女が何を考えて、どこに行ったのか。
どうして何も言わずにいなくなったのか。
全部分かってるのは、俺じゃなくてお前の方だろ」
「……っ」
――違う。そう言いたかった。
でも、違わなかった。
知ってた。彼女が自分を犠牲にしてまで、誰かを守ろうとするやつだって。
わかってたのに、止められなかったのは、俺だ。
「……守ってやれ。星野を」
その一言が、最後だった。
通話は、ぷつりと音を立てて途切れた。