第20章 仮面と素顔
でも――
彼は、仮面をつけていなかった。
素顔だった。
あの、どこか芝居がかった調子もなくて。
ただ、"迫"という一人の男として、そこにいた。
「……勝手に入った。悪かったね」
そう言って、彼は私の隣にゆっくりとしゃがみ込む。
『……なんで、素顔で』
思わず、そう口にしていた。
彼は、少しだけ眉を下げるようにして、穏やかに笑った。
「……いまは、Mr.コンプレスじゃないほうがいいんじゃないかって思ってね」
「迫 圧紘としての方が……君には、必要だと思った」
その言葉に、胸がきゅっとなった。
“ヴィラン”でも、“公安の駒”でもない。
誰でもないふたりとして、ここにいる。
……そう言ってもらえた気がした。
私は、手袋にそっと触れる。
ひとつずつ、ゆっくりと指を抜いていく。
そして、フードを下ろし、髪を払った。
『……今だけ。』
『今だけ、見なかったことにして』
そう言って、私は“私”に戻った。
想花という、ただのひとりの少女に。
ぎゅっと握りしめてきた全部が、ほろほろと崩れ落ちる音がした。
それでも、彼はなにも言わずに、隣に座っていた。
見ていた。
ひとりの人間として、私を見てくれていた。
何も問わず、何も押しつけず。
ただ、その存在が――やさしかった。