第20章 仮面と素顔
この場所の朝に、決まった時間なんてない。
誰も並んで食卓に集まるわけじゃないし、
昨日と同じ空気が、今日も当然のように続いているだけだった。
私は静かに部屋の扉を開ける。
廊下には誰もいない。
ただ淡々と、次の行動へ向かおうとした――そのとき。
「カゼヨミちゃ~ん♡」
その声に、背筋が跳ねた。
右側から、トガヒミコがひょいと現れる。
私の顔を覗き込むようにして、にこにこ笑っていた。
同時に、左側からは――
「よっ!いい朝だな!!最高だよな!?今日から俺たち、仲間だよな!?」
トゥワイスの声が炸裂した。
両側から挟まれる形になり、私は思わず一歩、後退る。
『……何、のつもり』
警戒を隠さずに言葉を返すと、
2人は顔を見合わせ、にやっと笑った。
「いやね、コンプレスが言ってたの。“悪いやつじゃねぇ”ってさ」
「ってことは、良い奴ってことだろ!?よっしゃ!仲間確定!」
胸の奥が、かすかにざわめく。
でも表情は崩さない。何も、見せない。
『……やめて』
「拒否されました♡」
笑いながらも、彼女はあっさりと距離を取った。
その目は明るいのに、底が見えない。
「で、どうなのカゼヨミちゃん」
「今日からは一緒だよな?俺たち仲間!バディ!同志!」
『……何を言ってるのか、わかりません』
「またまたぁ~冷たいなぁ!!でも俺、好きだぜそのツンデレ感!!」
「裏では優しいって、そういうの絶対モテるやつだし!なぁトガちゃん!」
「うん。あたしもアナタ……好きです♡」
私は、何も返さなかった。
言葉を吐けば、何かがこぼれそうだった。
ただ、彼らの間をすり抜けるように歩き出す。
背後から、トゥワイスの声が追いかけてきた。
「仲間ってのはさ、背中預けるもんだろ!?
お前が一緒にいてくれるなら、俺も背中預けるぞ!!」
その言葉が、胸の奥を静かに刺してくる。
私の“仲間”は、雄英の皆。プロヒーローたち。
そして――あの人。
……でも。
今の私は誰の側にも、立ちきれていない。
それでも、無邪気に「仲間だ」と言ってくる彼らの声が――
どうしようもなく、痛かった。
私は右手をそっと下げ、薬指に触れる。
指輪は冷たく、何も語らない。
でも私は、何度でも思い出す。
名も、姿も、違っても。
願いの根は、変わらないことを。