第20章 仮面と素顔
私は距離を取ったまま、再び息を整える。
まだ、心臓は速かった。
けれど、それを感じ取られる隙だけは、与えられない。
荼毘は、先ほど風で押された場所に立ったまま
ふっと目を細めて、笑った。
「……ふん、気に入ったぜ。 お前」
その余裕が、逆にこちらの警戒心を煽る。
だが、だからこそ――突き放す。
私は、はっきりとした声で言った。
『――気安く、触らないでください』
沈黙が、部屋に落ちる。
少しの間、荼毘は言葉を発さず、じっとこちらを見つめていた。
その視線の奥にあるものは、怒りでも苛立ちでもない。
ただ、静かな――愉快。
「……あはは、いいねぇ。ほんと、お前」
くつくつと笑いながら、彼はようやく腰を返した。
「じゃあ、今日はこのへんにしとくか」
軽い足取りで、彼は扉へ向かう。
しかし、ドアに手をかける直前――ちらりと振り返った。
「カゼヨミ。……お前の“素”が見える日、楽しみにしてるぜ」
その言葉とともに、ドアが開く。
けれど、ほんの一瞬――
彼は立ち止まり、背中越しに一言だけ、ゆるく言った。
「……また、ふたりで話そうぜ」
その声だけを残して、荼毘は出ていった。
ドアが閉まる。
空気が、急に冷めていく。
けれど、その余熱だけはまだ胸の内側に残っていた。
(……ほんとに、やりづらい)
小さく、誰にも届かない吐息をこぼす。
風はすでに収まっていた。
ただ、床に残った乱れた空気が、あの男の存在を証明している。
私はゆっくりと立ち上がり、
静かに、部屋の入口へ歩く。
扉の前で、指先がドアノブに触れる。
金属の冷たさが、手のひらに染み込んだ。
――鍵をかけようとした、そのとき。
カツン、と外で小さな足音がした。
一瞬、息を止める。
(……また誰か?)
指はまだ、ドアノブにかかったまま。
この部屋に、また“誰か”が来ようとしていた。