第20章 仮面と素顔
想花side
無数の個性が吹き荒れた泥花市の惨劇から、三日が経った。
私は今、異能解放軍の幹部――トランペットに付き添われ、
組織の本拠とされる地下施設の奥へと足を進めていた。
『……ここが、リ・デストロのいる場所』
足音が吸い込まれるような静寂。
灰に包まれた外の世界とは違い、ここには異様なほど“整然”とした空気が流れていた。
その異物のような空気の中で、私はただ、呼吸を整える。
「デストロ様は君に会いたがっている。期待しているぞ、“カゼヨミ”」
トランペットの声は穏やかだった。
崩壊の直前、彼を助けたこと――
そして、私の力を“上に見せるべきだ”と認めてくれたこと。
その積み重ねが、今日へと繋がっている。
(……上層に入るチャンス。でも、ここからは綱渡りだ)
敵の中心で、心を読まれぬように。
どこかで誰かに正体を見抜かれれば、その時点でこの任務は終わる。
だが、心の奥底にある小さな決意を、風に乗せて進むしかない。
と――その時だった。
廊下の奥、監視用のパネルを並べた操作卓の前に、一人の男が立っていた。
──スケプティック。
彼の視線が、私の方を掠めた。
……いや、掠めたように見えて、
あの目は、明らかに“こちら”を値踏みしている。
口元には微笑みが浮かんでいるのに、
その視線だけが、静かにこちらの“心の奥”を覗き込んでいるようだった。
(この男……目の奥が笑ってない)
「おや?そちらの新人さんは、最近の“補充枠”か?」
スケプティックが言う。
「名前は?」
「……カゼヨミです」
答えた瞬間、どこかで静電気のような緊張が走った気がした。
「ふうん。妙に印象的な目をしている。トランペット、目が曇っているわけではないと信じるよ?」
トランペットは、静かに笑った。
「私の目は曇ってなどいない。少なくとも、君よりはね」
「……へぇ」
短いやり取りのあと、スケプティックは一度だけこちらを見た。
まるで、観察対象のデータ収集中とでも言いたげな目で。
(……この人は敵。きっと一番、警戒すべき相手)
でも、ここで怯んだら負けだ。
私は視線をそらさず、一歩だけ前へと歩を進めた。
「――さあ、行こう。デストロ様がお待ちだ」
トランペットの声に導かれ、
私はその扉の先に待つ、“最深部”へと向かった。