第19章 交差する影、歪む真実
想花side
屋根の上は、嘘みたいに静かだった。
怒号も、爆発音も、遠くの風景の一部のようにしか響いてこない。
風が髪を撫でる音のほうが、よほど鮮明に感じられるほどだった。
(……まだ、こっちは崩れてない)
視線の先では、異能解放軍の構成員たちが怒気をあらわにしながら突撃していく。
それに対し、ヴィラン連合側も引けを取らず応戦していた。
炎が、氷が、電撃が――
さまざまな個性が交錯し、地上はまさに混沌の渦中。
それでも、私は屋根から降りなかった。
ここからなら、全体を見渡せる。
巻き込まれずに、“戦況”を読むことができる。
(潜入任務。無駄な接触は避けなきゃ……)
そう、自分に言い聞かせるように呼吸を整えていた――その時だった。
ふと、視界の隅に“異常”が映った。
初めは、何かの錯覚かと思った。
でも、数秒後には、それが錯覚などではないと理解する。
(……え?)
地面を埋め尽くすように、無数の“人”が現れていた。
全員、同じ姿。
同じ顔。
同じ笑みを浮かべながら、黒い波のように突き進んでいる。
『……ウソ……でしょ』
思わず、声が漏れた。
黒い群れの先頭にいたのは――間違いなく、トゥワイスだった。
彼の個性は、“2倍”。
一つのものを二つに増やせる能力。
けれど、かつての彼は――
自分を複製することさえ、恐れていたはずだ。
心が壊れれば、個性も崩れる。
それは何よりも、彼自身が一番よく知っていた。
なのに――
(……今の彼、あれだけの数を……)
気がつけば、視界の中で“戦況”が一変していた。
一人、また一人と飲み込まれていく解放軍の構成員。
地形も、布陣も、すべてを無視して押し寄せる“黒い軍勢”。
(……ウソ……)
トゥワイス一人で、流れが変わる。
たった一人で――ここまでの圧倒的な“戦力”になってしまうなんて。
黒い波のようなトゥワイスの軍勢が、戦場を覆っていく。
無数の“彼”が笑いながら、あらゆる方向へと突き進んでいた。
(これが……今のヴィラン連合……)
今の彼は、まるで兵器だった。
その脅威に言葉を失いかけていた、そのとき――
風が変わった。