第19章 交差する影、歪む真実
乾いた爆音が、空気を裂く。
泥花市の一角が炎に包まれたその瞬間、
群衆の空気が一気に変わった。
「来たぞ……!連中だ!!」
「やってやれ!!全部燃やせ!!」
叫びが飛び交い、解放軍の構成員たちが一斉に走り出す。
誰もが顔を紅潮させ、個性を解き放ちながらヴィラン連合へと突っ込んでいく。
私は、ただ立っていた。
その波に飲み込まれないように、
けれどあからさまに外れないように。
絶妙な位置で、人の背中に紛れるように歩を進める。
(……見せるわけには、いかない)
個性を使えば、ヴィラン連合に知られる。
“彼ら”に気づかれたら、この任務は終わりだ。
そして、何より――
私は、どちら側にもつけない。
叫び声、爆発音、咆哮。
次々と繰り出される個性の応酬の中で、
私は一発の攻撃すら放たずに、煙と怒号の狭間をすり抜けていく。
視線がぶつかれば、
ほんの一瞬だけ叫ぶふりをする。
拳を握ってみせる。
ただの「ひとり」に見えるように、動きを重ねる。
(……逃げなきゃ)
正面から火球が飛んできた。
私は地を転がるように身をかわす。
肺に煙が入り込む。
目の奥が焼けるように痛む。
でも、個性は――使えない。
使えば、終わる。
そんな綱渡りの中で、
私はただ、灰の降る空の下を走り続けていた。
……そのときだった。
背後から、空気が変わった。
焼けつくような熱じゃない。
皮膚の内側をひりつかせるような、“気配”。
一瞬、呼吸が止まった。
振り返る。
煙の向こうに、立っていた。
傷だらけの皮膚。
青白い炎を灯す男。
視線が交わった瞬間、
脳が拒絶反応を起こすほどの記憶が、音もなく蘇った。
荼毘――。
(……嘘、でしょ)
足が動かない。
声が出ない。
思考が鈍くなる。
だけど彼は、何も変わらずにそこに立っていた。
目を細めて、皮肉のような笑みを浮かべて。
「お前……なんで、戦ってねぇんだよ」
その一言が、
鼓膜を焼くように突き刺さった。