第19章 交差する影、歪む真実
まだ陽も昇りきらない、薄青い空。
寮の廊下を、私は足音を忍ばせて歩いていた。
手荷物は最小限。
制服でもヒーローコスチュームでもない、地味な格好。
“生徒”でも、“ヒーロー候補”でもない、“何者でもない自分”として。
(早く……誰にも見つからないように)
ドアノブに手をかけた、そのときだった。
「……おい」
振り返るより先に、声が聞こえた。
見上げた先には、勝己の姿。
いつからそこにいたのかもわからなかった。
けれど彼は、ただ真正面から、まっすぐに私を見つめていた。
「……どこ行くんだよ」
声は低く、けれど鋭い。
『ちょっと、買い出し……かな』
平然を装ったつもりだった。
だけど、目が合わせられなかった。
彼の目は、全部見透かしてくる。
嘘をついた瞬間、それを切り裂いてくる目をしていた。
「ふーん、買い出し……ね」
勝己はそれ以上何も言わなかった。
ただ黙って立っている。
なのに、その沈黙が重すぎた。
足がすくみそうになる。
『……すぐ、戻るから』
それだけ言って、私は目を伏せたままドアを開ける。
彼の視線が背中に突き刺さるようだった。
その視線に耐えきれず、
私は逃げるように、寮の外へと足を早めた。
(ごめん、勝己……)
誰にも気づかれずに行くはずだったのに、
あの目に、胸の奥を抉られたまま。
でももう、戻ることはできない。
私は――泥花市へ向かう。