第19章 交差する影、歪む真実
想花side
スマホを耳に当てた瞬間、
耳に届いたのは、感情の欠片もない無機質な声だった。
「ようやく繋がったようだね、想花」
公安の――あの、担当者の声。
名を名乗ることも、姿を明かすこともない。
けれど、耳にしただけで、全身に冷たい膜が張りつくような感覚がした。
「福岡にて、ハイエンド個体が出現。すでに制圧は完了しているが、
……これを“単独行動”と判断するには早計だ」
声の調子は変わらない。
まるで天気予報のように淡々と告げられていく。
「そして、泥花市。異能解放軍の集会拠点とされる地区にて、
ヴィラン連合との接触情報が入った」
少しだけ、心臓が強く脈打った。
報道にも出ていない。
それなのに、すでに彼らはすべてを把握している。
「現在、双方は明確な戦闘には至っていない。だが時間の問題だ。
君には――異能解放軍側に“潜入”してもらう」
『……私を、異能解放軍に……』
さすがに、一瞬、息が止まりかけた。
ヴィラン連合だけでも十分危険なのに。
それに、“正義”の皮を被って人々を扇動する異能解放軍の中に入るなんて――
そこでは“想い”が力になる私の個性は、最も利用されやすい。
「君の“想願”は、彼らの信仰に非常に近い。
共鳴しやすい、という意味でも最適だ。……理想を壊すには、理想を見せることだよ」
声にこそ出さないが、
それはつまり――“囮になれ”ということだった。
『……わかりました』
それでも、私はそう答えるしかなかった。
彼に――啓悟に、“信じてもらった”ばかりだった。
好きだと伝えた。
好きだと返された。
その言葉に守られたからこそ、今、こうして言える。
「出発は明日未明。指示は現地にて、別ルートで行う。
……なお、当作戦は“君の意思による参加”として処理される」
“断れば、彼に何か起きる”――
そう言わなくても、わかっている。
だから、私は静かにスマホを伏せた。
(出鹿市……また、誰も知らない顔をつけなきゃいけない)
ホークスの声が、まだ胸に残っている。
『勝手に消えたり、せんけん』
そう言ってくれたあの優しさを、
今は、しっかりと胸に抱きしめた。
(私だって……消えたりしない)
静かに目を閉じ、深く息を吸う。
そしてもう一度目を開けたときには、
私の中に“覚悟”だけが残っていた
