第2章 翅(はね)の記
そのとき、お母さんが、ぎゅっとわたしを抱きしめてくれた。
いつもよりずっと、強くて、
まるで、何かを確かめるような抱きしめ方だった。
『……ごめんね。びっくりしちゃっただけよ。
想花は、なにも悪くない。ほんとうによくがんばったね』
あたたかい声だった。
でも、その声の奥にある震えに、わたしは気づいてしまった。
お父さんも、そっと近づいてきて、
やさしく頭を撫でてくれる。
『すごいことをしたんだな……想花。
きっと、その男の子も、助けてもらえて嬉しかったと思う。』
そこで、少し言葉を切ってから、
お父さんは静かに続けた。
『でも……今日はもう遅いし、疲れただろう。
よくがんばった。ゆっくり休みなさい』
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あたたかい言葉に包まれているはずなのに。
そのぬくもりの中に、
どこかひっそりとした冷たさが混じっているのを、わたしは感じていた。
さっき、ふたりが顔を見合わせたとき——
その瞳から、ふっと色が消えた気がした。
あの瞬間の空気。
あの沈黙の温度。
あれは、きっと「怖がってた顔」だった。
だからわたしには、わかってしまった。
ふたりとも、笑ってくれたし、優しかったけど、
あれは“いつもの”優しさとは、少しだけ違っていた。
声はたしかにあたたかくて、
言葉もやさしかったのに——
でも、抱きしめてくれた手のひらは、
ほんのすこしだけ、冷たかった。
(……なんでだろう。
ちゃんと助けたのに。
すごいことをしたって、言ってくれたのに。
ほめてもらえたはずなのに——
なのに、
胸の奥が、ずっと、さみしかった)
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