第18章 きみの隣、それがすべて
ホークスside
そろそろ戻らんといけんな――。
屋根の上でふたり、並んで静かな夜を過ごしたあとは、
あまりにも心地よくて、
このまま時間が止まってくれればいいとさえ思ってた。
けど、それは現実じゃない。
彼女の前では“何でもないフリ”をしてたけど、
内心ではずっと、さっきの着信が胸の奥をざわつかせていた。
何かが始まる音がした気がして、
それはじわじわと、逃れられない現実を引き寄せてくる。
けれど――
その気配だけは、彼女に悟らせたくなかった
「……そろそろ部屋戻ろっか」
そう言って立ち上がった俺に、
彼女も小さくうなずいて、制服の裾を払った。
別れの挨拶は、あっさりしたもんだった。
『……また、ね』
「おう。……じゃあな」
背を向けようとしたその瞬間――
『待って』
柔らかな声と一緒に、
俺の手が、ふわっと包み込まれる。
振り返ると、彼女が、俺の手を両手で握ってた。
その掌が、すこしだけ光を帯びる。
見れば、手のひらの上に、
小さな結晶がひとつ、そっと現れていた。
透明なようで、
ほんのり淡い青に輝いてる――
「……これ、なに?」
問いかけると、彼女はほんの少し笑った。
その笑顔が、やけに優しくて、やけに寂しくて。
『……もしも、動けないほどの怪我をしたら。
それ、噛み砕いて』
「……」
『前に作ったやつより、ちょっとだけ強いから。
それだけ』
ただ、それだけ。
他になにも言わない。
でも、それだけで十分だった。
この手のひらの中にあるのは、
彼女の“願い”で、“祈り”で、
そして、きっと“命”そのもの。
喉の奥が、じんと熱くなる。
なんも言えんまま、
俺はただ、彼女を見下ろして。
そっと、
その額に口づけた。
彼女の瞼が、ゆっくり閉じる。
「……行ってくるけん」
それだけを残して、
俺は空へ、羽ばたいた。
冷たい風が、頬を撫でる。
でも、胸の中は、まだあたたかかった。
――小さな結晶の重みを感じながら、
俺は、闇へと向かって飛び立った。