第17章 死穢と光の狭間で
想花side
「……今すぐ、会いたい」
その一言を最後に――
スマホから、微かな電子音が鳴った。
“通話が終了しました”
一瞬、耳が静寂に沈む。
あの人の声が消えて、世界がまた無音に戻った。
それなのに。
なのに、私は――
胸の奥が、熱くてたまらなかった。
『……っ……』
涙が、勝手に零れた。
声を殺して泣こうとしたけど、
震える唇が抑えきれない。
会いたい。私も、会いたかった。
あの人の温もりに、声に、
どれほど救われていたか。
それなのに、離れて、
姿も、声も、何もかも届かない場所にいて――
私からは、ずっと一方通行だと思ってたのに。
『……ばか、……っ……うう……』
言いかけて、涙で喉が詰まった。
止まらない。苦しいのに、どこか、あたたかかった。
“今すぐ、会いたい”
そのひとことで、
全部が溶けていった。
寂しさも、恐怖も、あの夜の絶望さえも。
たった一言で、救われてしまった。
スマホを胸にぎゅっと抱きしめる。
声がもう聞こえなくても、その温度は確かに残っていた。
『……ありがとう、啓悟……』
こぼれた言葉は、もう誰にも届かないけど、
どうしても、言いたかった。
けれど、私はここに長くはいられない。
ここは、仮の場所。
過去と秘密を封じた箱みたいな空間。
私には、帰るべき“居場所”がある。
――雄英高校。
友達がいて、仲間がいて、笑いがあったあの場所。
あの制服に、もう一度袖を通すんだ。
なにも知らないふりをして。
それでも確かに変わった“私”として。
『……ただいまって、ちゃんと言えるように』
私は、涙を拭いながら立ち上がった。
どれだけ離れても、
想ってくれていた人がいる。
この命は、まだ繋がっている。
だから私は、また歩き出せる。
会いたいと言ってくれたその人に――
いつか胸を張って、笑顔で会えるように。
――電話はもう、切れた。
でも、声はずっと心の中に響いてた。