第17章 死穢と光の狭間で
想花side
死穢八斎會のアジトが崩れてから、まだ数時間も経っていない。
でも空気はもう、すっかり静かで、どこか非現実的だった。
私は、住宅街の一角――
瓦礫に隠れながら、その様子をずっと見ていた。
(……連れていかれる)
パトカーと救急車に囲まれる中、
死穢八斎會の幹部たちは次々に護送車へと収容されていく。
そして――その中心。
『……治崎………』
彼は担架に乗せられていた。
両腕は布で覆われ、拘束具で固定されていた。
意識はあるのかないのか――その顔は、静かで、怖いほどに無表情だった。
そのまま彼は、「ヴィラン専用の病棟」へと搬送されるようだった。
もう、彼に触れられる者はいない。
触れようとする者も、いない。
それが、“罪”を背負った者の結末。
私は、ひとつ深呼吸をし、
そして――容姿を変えた。
髪の色。目の色。肌のトーンも、骨格も、声帯の高ささえ。
一人の女性スタッフへと変化させる。
ヴィラン病棟搬送時の補助員──
彼のそばにいるためだけの“姿”。
誰にも気づかれず、私はそのまま護送車のひとつに乗り込んだ。
中には、運転席との仕切り、そして簡易ストレッチャーのベルト固定器。
私は手際よく必要な操作をこなし、治崎の近くに腰を落とす。
(……何をしてるんだろう、私)
答えなんてわからなかった。
けれど――彼がこのまま“独りで終わっていく”ことが、
どうしても耐えられなかった。
車が動き出す。夜の道路に、揺れが続く。
車内には誰の声もなく、エンジン音と僅かな振動だけが響いていた。
(……静かすぎる)
そんな思いが胸に生まれた、ほんの数分後だった。
――ドォン!!
唐突に響いた、爆音。
車体がグラッと傾いた瞬間、私の視界が大きく跳ね上がる。
『っ!?』
横からの衝撃で、護送車は地面を跳ねるようにして横転。
鈍い金属音、誰かの悲鳴、何かが砕ける音が重なって――
やがて、すべてが静かになった。
『……っ、…』
私はすぐに体を起こした。頭を少し打ったが、意識はある。
変わらず変装のまま、急いでドア側の窓を振り向く。
外が……見える。
車体の扉が歪み、そこからわずかに差し込んでいた光の隙間――
その先に。
担架ごと外に放り出された治崎の姿が、
月明かりの下に浮かび上がっていた。