第17章 死穢と光の狭間で
護送車は横倒しになったまま、微かにきしんだ音を立てていた。
私は車内の扉の影に身を潜めたまま、外の様子を伺う。
――そこに、いた。
治崎廻の身体は担架に固定され、
地面に横たわるような状態で、動かない。
その傍に立っていたのは、2人の男だった。
一人は、何度も相対してきた男――死柄木弔。
もう一人は、仮面の下に狂気とユーモアを纏う、Mr.コンプレス。
『……っ』
私は息を詰め、扉の隙間に視線を這わせる。
2人は何かを話していた。内容までは聞き取れない。
ただ――その空気が、確実に“終わらせる”ものだと、本能が告げていた。
(やめて……)
叫び出しそうになる喉を、歯を食いしばって堪える。
飛び出せば殺される。
でも、何もしなければ、彼が――
「これで、お前はもうただの“無個性”だ」
そう言ったのは、たぶん死柄木だった。
その声は、決して怒りではなく――
ただ“玩具を壊す子供”のような声音だった。
次の瞬間だった。
死柄木とコンプレスが、治崎の両腕に触れた。
そして。
──骨が砕ける音と、肉が裂ける音が重なる。
「……あ、がっ……ッ!!」
地を這うような、喉を裂くような、
かつて一度も聞いたことのない“悲鳴”が、夜を切り裂いた。
治崎廻が――叫んでいた。
両腕は、もう原形を留めていなかった。
私は扉の影に、ぎゅっと手を押しつける。
爪が食い込み、血がにじむほど強く握った。
(やめて……! お願い、もう……やめて……!)
でも私は、動けなかった。
私が今、飛び出せば、彼を助けられない――
いや、それ以上に、“自分”を失う。
彼の苦痛に歪む横顔が、闇の中で淡く光る。
それを見ていながら、私はただ――ただ。
耐えていた。
そして。
「……もう用はねぇ。行くぞ」
「まったく、実に哀れだ」
2人は振り返ることなく、黒い靄のような空気に溶けていった。
その場には、もう彼しかいなかった。
私は迷わず、扉を押し開けて――
治崎廻の元へ、駆け寄った。