第17章 死穢と光の狭間で
私は駆け寄った。
倒れかけていたサー・ナイトアイの元へ。
『……大丈夫、大丈夫ですから……』
そう言いながらも、その傷はどう見ても“手遅れ”に近かった。
腹部は大きくえぐれ、内臓のほとんどが破れていた。
左腕に至っては、肩からちぎれて血が止まらない。
けれど――私は目を逸らさなかった。
『……すみません、腕は……止血だけさせてください』
今、完全に治してしまえば、私は立っていられなくなる。
でも――腹部の損傷だけは、今止めなきゃ、彼は命を落とす。
私は震える手を腹部へと伸ばす。
自分の鼓動と、彼の弱々しい脈に意識を重ねる。
『……“戻って”』
願いが胸から溢れた瞬間、光のような“力”が指先へ集まっていく。
ナイトアイの体に、やわらかな輝きがにじんだ。
内臓が、再び輪郭を取り戻していく。
破れた血管が、少しずつ繋がっていく。
それでも、私の身体からどんどん力が抜けていくのがわかる。
額に、汗がにじんだ。
歯を食いしばる。
意識が遠のきそうになるたび、
彼の手が、わずかに私の袖を掴んでいた。
(……生きようとしてる……)
そのことが、なによりの力になった。
やがて、重たい出血がぴたりと止まる。
私はふらつく膝を押さえつけながら、
ちぎれた腕へと軽く手をかざし、止血だけを施した。
――まだ、生きてる。
その瞬間。
ナイトアイが、私を見上げた。
その目には、疑問が滲んでいた。
「……君は……なぜ……」
彼の声は弱く、それでいて真っ直ぐだった。
「……なぜそこまで、私を助ける?」
この場で、私は何者なのかも明かしていない。
顔も偽っている。
ヒーローの一員だとも、誰の味方かも、誰も知らない。
けれど。
『……助けられた命だから……今度は、私が……』
それ以上は言えなかった。
けれど、それだけで十分だった。
ナイトアイは目を細める。
彼の中で何かが、音を立てて崩れていく気がした。
“ヒーローは未来を変えられるか?”
その問いの答えは、
目の前でひとりの少女が示していた。
まだ名も知らない、謎の少女が――
己の命を削って、誰かを救おうとしていた。
それこそが、
ヒーローの本質だった。