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【ヒロアカ】re:Hero

第17章 死穢と光の狭間で



治崎の手は、私の首に触れたままだった。
その白く長い指先が、ほんの僅かに震えている。


『……?』


私は何もされないまま、静かに彼を見つめていた。
その目がわずかに揺れていた。


治崎廻という男は、完璧な管理者だ。
異物を嫌い、秩序を守る。
触れれば壊す。
壊せないなら遠ざける。
それが彼の“常識”だったはずなのに。


私に触れている、その手は――何も起こさなかった。


彼はゆっくりと、自分のマスクに手をかけた。
私は息を呑む。


(まさか……)


けれど、目を逸らせなかった。逃げようとも思わなかった。

カチャ、と金具が外れる小さな音。
黒い布が静かにずらされる。


治崎廻の素顔が現れた。
どこまでも無表情で、けれどその瞳だけが明らかに揺れていた。


彼は私と同じ空気を吸い、触れていた手も外そうとはしなかった。
そして――何も起こらなかった。
発疹も、咳き込みも、荒れもない。


彼の眉がほんのわずかに動いた。


「……信じられないな」

低く漏れた言葉は、自分自身に向けられたようだった。


私はぽつりと呟く。
『……あなた、そんな顔をしてたんだね』


彼は一瞬だけ目を見開いた。


私の言葉は、彼の完璧な“仮面”とは違う、
とても“人間らしい”部分に触れたのだろう。


彼は静かに笑った。


『……そっちの方が人間らしくて、私は好き』


部屋に少しだけ温かい空気が流れた気がした。


私はただ、その顔を見ていた。


彼の中の“絶対”が揺れている。
こんなふうに、同じ空気を吸い、触れても平然としている彼を見るのは、私も初めてだった。


そして、それを“彼自身が驚いている”ことに、私はさらに驚いた。


彼の目と私の目がふたたび交差する。


沈黙。


けれどその空気は、ただの威圧ではなかった。
どちらも、“何かを壊しきれずに残したままの不確かさ”を抱えていた。
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