第5章 交わる唇、揺れる想い
轟side
眠ってしまった星野の寝顔を、俺はただ、じっと見つめていた。
ソファの背にもたれたまま、体を少し傾けて。
呼吸の音がかすかに聴こえるたび、胸の奥がほんの少し、あたたかくなる。
(……笑ってる顔も、強い目も、全部――嘘じゃなかったんだな)
この部屋で見た彼女の“本当”は、思っていたよりずっと静かで、あたたかくて、少しだけ痛かった。
痛みを隠して笑うことに、俺は……ずっと、不器用で、怖くて。
でも星野は、それを抱えて、隠しきれないやさしさを持っている。
(……なに、やってんだろうな、俺)
苦笑が漏れそうになるのを堪えながら、視線をふたたび彼女へ戻す。
頬にかかる髪。小さく上下する肩。
眠っているだけのはずなのに、不思議なくらい、惹きつけられる。
(こんなふうに、人の寝顔を見つめる夜が……俺にもあるなんて)
ゆっくりと瞼を閉じると、部屋の空気が優しくなった気がした。
雨音はまだ続いている。でも、不快じゃない。むしろ落ち着く。
この場所が、こんなにも静かで心地いいなんて――知らなかった。
(……俺も、少しだけ)
目を閉じたまま、肩をソファに預ける。
こんなふうに誰かの隣で眠るなんて、何年ぶりだろう。
眠ることを“安全”だと思える夜が、また来るなんて。
気がつけば、思考は少しずつ遠のいていた。
微かな吐息と、遠くで囁く雨音。
並んだふたつの静かな呼吸だけが、夜の帳にとけていく。
ふたりの眠る部屋に、やわらかな時間が流れていた――
まるで、誰にも壊せない場所みたいに。