第17章 死穢と光の狭間で
壊理ちゃんの部屋を出たあとの廊下は、
驚くほど静かで、まるで音が吸い込まれるみたいだった。
私は手に残る空のお皿をそっと抱えながら、
調理室へ向かって足を進める。
コツン、と自分の足音だけが響く中で―――
ガッ、と腕を掴まれた。
『っ……!?』
反射的に身を捻ったけど、強い力で引き戻される。
背中が壁に押し付けられて、肺から息が漏れた。
『……っ、な――』
「よぉ……会いたかったぜ」
その声に、血が凍る。
目の前にいるのは、
焼けただれた皮膚に、縫い合わせたような痕。
焦げた煙の匂いと、獣みたいな目。
『……なんでここに、いるのよ。 荼毘』
口にするだけで、喉がきしんだ。
思い出したくもない記憶が、一瞬でよみがえる。
肌に焼きついた“あの時”の感覚。
近づくだけで体温が削がれていくような、冷たい熱。
足がすくむ。
でも、すぐに思い出す。
彼の顔。
私の手をとって、あの地獄から救い出してくれた――啓悟の、あの瞳を。
(……大丈夫。 大丈夫……啓悟が、ついてる)
心の中で強く繰り返す。
すると、ほんの少しだけ、息が吸えた。
荼毘は、私の顔を覗き込むようにして、
皮肉っぽく笑った。
「はは……やっぱお前、変わったなぁ。
完全に、アイツの女ってわけだなぁ」
その目に宿るのは、狂気。
でもどこかで、それは──
ずっと前から壊れていたものの、名残のようにも見えた。
私は、言葉を返せなかった。
ただ、皿の縁を握りしめながら、
心の奥で「彼」の名前を、もう一度、強く唱えた。