第17章 死穢と光の狭間で
想花side
ただ、静かにごはんを運ぶの午後。
廊下を歩く足音が、やけに静かに響いた。
まだ昼には早い時間。けれど、壊理ちゃんには少しでも温かいうちに食べてほしくて。
手にしたトレイからは、うっすら味噌汁の香り。
小鉢にした煮物は、甘くしてみた。今日はにんじん抜き。
扉の前で、小さく息を吐く。
そして、いつものように静かにノックした。
『……壊理ちゃん。ごはん、持ってきたよ』
返事はない。けれど、扉を開ける音を聞きつけたのか、
布団にうずくまっていた小さな体が、ゆっくりと顔を上げた。
「……うん」
ほとんど聞き取れない声。けれど、ちゃんと返ってきた。
私は笑って部屋に入り、備え付けの小さな机にトレイを置いた。
湯気がほんのり、壊理ちゃんの頬をなでる。
『今日はね、お味噌汁あったかいよ。あと、にんじん抜き』
『……にんじん、きらい?』
小さく問いかけると、壊理ちゃんはうつむきながらコクリと頷いた。
その動きがあまりにも慎ましくて、なんだか胸がぎゅっとなった。
『そっか。じゃあ、しばらく抜きにしよっか』
そう言って向かいに腰を下ろすと、壊理ちゃんはトレイの前に座った。
味噌汁の湯気の向こう、まだ少し緊張した指が、お箸をぎこちなく持ち上げる。
私はそれを見て、少しだけ微笑んだ。
『……少し、慣れてきた?』
「……わかんない」
そう言って、彼女はごはんを一口。
ゆっくりと、咀嚼して──小さく、こくりと飲み込んだ。
『……ちゃんと食べれてる』
『うん…えらいね』
その言葉に、壊理ちゃんはほんのすこしだけ頬を染めた。
嬉しさを隠すように、また味噌汁に顔を向ける。
それだけのこと。
ほんとうに、それだけの会話。
でも──それでよかった。
こうして穏やかに過ぎていく時間が、
どれだけ貴重なものか、私はよく知っている。
ここがどんな場所であっても、
壊理ちゃんが少しでも“安心できる時間”を持てるなら、それでいい。
たとえ私自身は、誰の味方にもなれなくても──。