第16章 監視された想い
ビルの影から離れても、
背中の温度はずっと冷たいままだった。
足が地面を蹴る音だけが、やけに響いて聞こえる。
拳を握ってたことに気づいたのは、交差点の手前。
指先が白くなってて、
ひとつひとつの骨が、痛いほど主張してる。
無意識に、あいつの姿が浮かんだ。
──あの夜の高台。
街を見下ろす風の中で、
ふざけあった声。寄り添った肩。
指に触れた、小さな、透明な光。
あれは幻だったのか?
こんな世界の中で、
あんなにあたたかい記憶が、
本当に自分にあったのか?
「……なぁ、ほんとに……」
空に向かって問いかけても、風が通り過ぎてくだけだった。
声は、返ってこない。
胸の奥が焼ける。
叫びたくなる衝動を抑えながら、
ただ足を進めた。
気づけば、夜の電波塔の下にいた。
もう何日目だろう。
インターンが始まってから、
ここに来るのは、もう日課みたいなもんになってる。
ポケットから携帯を取り出す。
画面には通知はない。
履歴も、メッセージも、更新されないまま。
だけど、どうしても“ここ”に来てしまう。
あいつと過ごした場所に、
何か、残ってる気がして。
耳に手をやる。
彼女と“おそろい”の石がついた、ピアス。
──指輪は、まだ彼女の薬指にあるんだろうか。
それすらも、今の俺には分からない。
でも、分かってることがひとつだけある。
俺は、何も守れていない。
あいつの願いも、
命も、
笑顔も──
誰より近くにいたはずなのに、
誰より遠くにしてしまったのは、きっと俺だ。
「……ごめんな」
風に乗って、音が消えていく。
届くわけないと分かってる。
でも、言わずにはいられなかった。
──今すぐにでも、あいつに触れたい。
──この手で、抱きしめて、何もかも壊してしまいたいくらいだ。
でも、ダメだ。
俺が動けば、奴らは確実に仕掛けてくる。
“心臓のそば”に、何かを埋め込まれてるあの子を守れるのは、
今は、黙っていることだけ。
「……でも、いつか──」
唇が震えた。
「お前を奪い返しに行くから」
静かに、強く、誓うように。
夜の電波塔が、遠くで光っていた。
その光が、どこかで彼女の目に届いていてほしいと、
ただ、そう願っていた。