第16章 監視された想い
「……っ、何だと……?」
男は笑わない。
でも、確かにその目がわずかに細められた。
「彼女は、公安に従っている」
「強要された訳でも、無理矢理でもない」
「彼女自身の“意思”だ」
「君に、危害が及ばないように」
それは、突きつけるような真実だった。
突き刺すような、宣告だった。
「彼女は、“自分の幸せ”よりも、“君の安全”を取ったんだよ」
「……いいヒーロー志望じゃないか」
その言葉が、喉奥に鉛みたいに沈んでいく。
信じたくなんてないのに、
あいつなら──本当に、そうするんだろうって思えてしまった。
……本当に、最低だ。
俺が動けば、あの子が危険になる。
そう分かってて、
その首に、鎖をかけたんだ。
それだけでも許せねぇのに──
「忘れないでくれ」
男は続けた。
その声は変わらず平坦で、けれど……その内容は明確な“警告”だった。
「今の君の立場も、我々の掌の上だ」
「君は連合に潜入し、“スパイ”として動いている」
「……こちらの指示を無視すれば、何が起きるか、分かるな?」
一瞬、息が止まる。
本当に、息が──止まった。
「……っ」
くそみたいな話だ。
この国のため、って理由で潜ってるのに。
どこを見ても、“守るべき存在”が人質になってんじゃねえか。
「彼女を……何だと思ってんだ」
俺がそう言っても、
男は目を細めることすらしなかった。
「──君がそう思う限り、彼女は“価値がある”」
心のど真ん中を、鈍器で打たれたみたいだった。
それ以上、何も言えなかった。
奴は最後に、こう言い残した。
「君が騒げば、彼女の存在が世間に露呈する」
「君が何もしなければ、任務は続く。──彼女も無事でいられる」
「選ぶのは、君だよ」
……選ばせるフリをして、全部、もう決めてるくせに。
本当に、この国の“正義”は──こんなに冷たいのか。
「……あいつは、ヒーローになりたかっただけなんだ」
それだけを呟いて、
ようやく俺は、その場を離れた。
だけど、後ろ姿を見せる瞬間まで──
俺の指は、震えっぱなしだった。
そして、心のどこかで確かに思った。
“こいつらと、本気で戦う時が来るかもしれない”