第16章 監視された想い
風が強い夜だった。
高台にあるこの電波塔は、街の喧騒から外れていて、
誰にも見つからずに空を眺められる、数少ない場所だった。
あいつとここに来たのは、もう何度目だろう。
笑ったことも、泣かせてしまったことも、
この鉄の柵の向こうに、全部、残ってる気がする。
「……変わってねぇな」
ぼそっと呟いて、ポケットから携帯を取り出す。
手のひらに馴染んだそれは、
今日一日、何度も見ては閉じたものだった。
通知はない。
既読も来ない。
……当然か。
俺が連絡、止めたんだから。
左耳に指先を添える。
そこには、あいつとお揃いの石のピアス。
彼女に贈ったあの指輪と、同じもの。
小さな光が、夜風に揺れた。
「……呼べなかったくせに、何期待してんだよ、俺」
情けなくて、笑えてくる。
ほんの少しでいい、声が聞きたい。
“元気だよ”の一言だけでいい。
それだけで、
今日一日の息苦しさも、胸のざわめきも──全部、溶ける気がした。
けど、できなかった。
連絡なんて、できるわけがない。
あの時、はっきり言ったんだ。
「今回は呼べない」って。
“守るため”だなんて、綺麗な理由つけても──
あいつにしてみりゃ、ただ突き放されたも同然だ。
そんな俺が、今さら何を言える?
ほんとは、全部話したかった。
潜入任務のことも、裏の動きも、公安の圧も、全部。
けど、それができない立場にいるって、
……それが“ヒーロー”だって、思い込んでた。
でも、それでよかったのか?
彼女が、どこで、誰と、何と向き合ってるのかも知らずに。
本当に“守れてる”って、言えるのか?
携帯を握りしめたまま、目を閉じる。
──今、あいつは何をしてる?
無理して笑ってないか?
それとも──もう、俺を信じていないのか?
風がピアスを揺らす音だけが、静かに耳を撫でていった。
俺はただ、
この場所で、あのぬくもりを思い出していた。
今も胸の奥に残ってる、
小さな手のひらの、確かな温度を。
指先が震えた。
それは寒さじゃない。
情けなさと、悔しさと、
どうしようもないほどの、恋しさだった。
それでも──連絡は、できなかった。
「……あーあ。ほんと、最低だな俺」
そう呟いて、空を見上げた。
そこにある星のどれかが、
あいつの手元にも、届いていたらいい。
それだけを、今夜は願った。
