第15章 忍び寄る影
車の窓の外は、まだ夜が続いていた。
黒く沈んだ街並みと、点滅する信号。
速度を落とすたび、ブレーキの光が無言で後ろを照らしていく。
わたしは、何も言わなかった。
後部座席に静かに座って、
ただ指先だけが、わずかに震えていた。
クロノが運転席にいて、
治崎はその隣で目を閉じている。
けれど、ここには誰もいないように感じた。
音楽も、会話もない。
ただ、タイヤがアスファルトを擦る音だけが、ずっと続いていた。
まるで世界の中に、わたしだけが取り残されているみたいだった。
──いま、どこにいますか。
喉の奥で、言葉にならない問いがこぼれる。
声には出せない。
出したところで、届かない。
連絡も取れない。
顔も見られない。
“会えない”ことに慣れるには、まだ少し時間が足りなかった。
あなたの声が、恋しいです。
あなたのぬくもりを、思い出してしまいます。
だめだってわかってるのに。
今は、ただ“生きていて”くれるだけでいいのに。
──それでも、願ってしまう。
あの夜、あなたの指先がくれた指輪。
ピアスとおそろいの石は、今も静かに揺れている。
触れるたび、胸が詰まる。
こんなに近くにあるのに、どうして、こんなに遠いんだろう。
今日、わたしは戦った。
“止めた”だけかもしれないけど、あれは、わたしの精一杯だった。
壊すことも、奪うことも、したくなかった。
ただ、守りたかった。
あなたと、
あなたが信じてくれた、わたし自身を。
この想いは、届かないかもしれない。
けれど、
この沈黙の中に紛れ込ませるように──今、ひとつだけ祈ります。
また、会えますように。
それだけでいいから。
……わたしの右手は、まだあたたかかった。
願いを使ったあと、しばらくは、いつもそうなる。
そのあたたかさを、あなたにも、届けられたらよかったのに。
小さく、息を吐いた。
車はまだ、暗い夜の中を走り続けている。
行き先はわからない。
けれど、わたしは──まだ、“想っている”。
それだけは、きっと、変わらない。