第15章 忍び寄る影
「……もう、いいだろ」
静かに落とされた声が、空気を切った。
どこまでも低くて、冷めた声音だった。
怒りでもなく、威圧でもなく、ただ──興味を失った者の声。
死柄木弔が、ゆっくりと前に出る。
その足音だけが、血と硝煙の残る床に落ちていった。
崩壊の構えは、もう解かれている。
「くだらねぇな」
「誰が誰のもんだとか……そんなの、どうでもいい」
その言葉は、苛立ちでも皮肉でもなく、
ただ空っぽな感情で口にされたものだった。
けれど、それが返って──刺さった。
「今の、お前ら全部。見てて……寒気がした」
誰も何も言わなかった。
治崎も、荼毘も。
あれほど火花を散らしていた空気が、
嘘みたいに沈黙に包まれていく。
そして、死柄木の視線が、まっすぐにわたしに向けられる。
その目は、どこか遠くて、それでも深く揺れていた。
「お前もだ」
「……“次”、ちゃんと答えろよ」
“次”。
それはつまり、この場は終わりじゃないということ。
このやり取りも、この選択も、すべて──途中だと。
「返事、楽しみにしてるからよ」
ぽつりと、ひとこと。
それだけを残して、彼は背を向けた。
その背中を、誰も呼び止めなかった。
荼毘が小さく肩をすくめ、
スピナーが沈黙のままトガの手を引く。
Mr.コンプレスは一度だけ、わたしを見た。
何も言わずに、ただ目を細めて歩き出す。
壊された者たちが、ゆっくりと、去っていく。
けれどそれは、敗北ではなかった。
終わりでも、和解でもなかった。
ただ、延期。
──選択の、先延ばし。
わたしは、黙ってそれを見送った。
この手に残る“願い”の感触だけを、
そっと、指の内側に閉じ込めながら。
その余熱だけを抱いたまま、
次にくる“問い”へ、静かに歩き出す。